- 週間ランキング
忙しい日々の中で、学校の課題や仕事のレポートを書くときに「AIが全部やってくれたらなぁ」と思ったことはありませんか?
実際、対話型AIのChatGPTなど、いわゆる生成AIの普及によって、それはもう現実になっています。
AIを使えば、複雑な文章作成もあっという間に終わりますし、ちょっとした文章の修正も簡単にできます。
この便利さから、AIは今や私たちの生活になくてはならない存在となっています。
しかし、こうした便利さの反面、少しずつ心配な声も聞かれるようになりました。
AIに頼り過ぎてしまうと、「自分の頭で考える力」や「新しいアイデアを生み出す力」が衰えてしまうのではないか、という指摘です。
特に教育現場の先生や親たちの間では、「子どもたちがAIばかり使っていて、本来身につけるべき思考力や記憶力が弱まってしまうのではないか?」という不安が広がっています。
確かに、便利な道具に頼り過ぎれば、自分自身の能力が育ちにくくなるかもしれません。
では実際に、AIへの依存は、人間の脳の働きや認知能力は本当に低下してしまうのでしょうか?
AIへの依存で人間の脳は本当にポンコツ化するのか?
答えを得るために、研究者たちはまず18歳から39歳までの54人の成人を集めて実験を行いました。
参加者はエッセイを書く課題に挑戦しますが、このとき3つのグループに分かれて異なる方法で執筆します。
1つ目のグループはAI(ChatGPT)を使ってエッセイを書き、2つ目のグループはインターネットで検索しながら(ただしAIは使わずに)書き、3つ目のグループは何も使わず完全に人間だけで自力で書きます。
それぞれの参加者は約4か月の間に3回、20分間のエッセイを書く課題を繰り返しました。
研究者たちは、エッセイを書いている最中の脳の動きを調べるため、参加者の頭に脳波計を装着して、脳がどのくらい活発に動いているかを測定しました。
さらに、参加者が書いたエッセイについても、人間の先生やAIを使って内容の質を評価しました。
実験が進むにつれて、はっきりした結果が見えてきました。
自分の頭だけでエッセイを書いたグループは、脳が非常に活発に動いていました。
また検索エンジンを使ったグループの脳活動も比較的活発でした。
しかしAIを使ったグループは明らかに脳の活動が低下していたのです。
特に、自分で考えて計画を立てたり、新しいアイデアを生み出したりすることに関連する脳の働きが弱くなっていました。
また、書かれたエッセイの内容にも違いが見られました。
自分の頭だけで書いたグループの文章は個性的で創造性が感じられましたが、AIを使ったグループの文章は表現が画一的で、「まるで魂がこもっていない(soulless)ようだ」と評価されました。
さらに興味深い結果として、AIを使って書いた人は自分の書いた文章をあまり記憶していませんでした。
一方、自力で書いた人は自分の文章をよく覚えていて、文章への愛着や達成感も強く感じていました。
また実験を繰り返すうちに、AIを使い続けた人は徐々に文章を書く意欲が落ち、最終的にはほとんどをAI任せにするようになりました。
AIへの依存ができるグループでは実験開始時はAIを補助的に使っていた人も、3回目のエッセイを書く頃には「プロンプト(お題)だけ与えて、あとはほぼ全部ChatGPTにやってもらう」状態に陥ったといいます。
最終セッションで条件を入れ替えた際の結果も似たものでした。
3回にわたりAIに頼っていた人たちが第4回で急に自力執筆に切り替えられると、脳の活動は自力で練習を重ねて熟練レベルに達した人たちの水準には遠く達していないことが確認できました。
特に自己主導的な思考や創造性、批判的な認知プロセスを司るアルファ波やベータ波の活動は、自力での執筆を繰り返した熟練者のレベルと比べて有意に低いままでした。
つまりAIに依存した文章作成経験は初期段階から能力の退化をもたらしたわけではなかったものの、自力で頑張った人たちに比べて低い状態に留まっていたのです。
研究者はこの現象を「認知的負債(Cognitive Debt)」と名付け、AIに頼りすぎると自分で考える力が停滞してしまう可能性を指摘しています。
つまり、便利なAIを使い続けることで、私たちは知らないうちに脳の成長の可能性を鈍らせているかもしれないのです。
今回の研究により、「AIに頼りすぎると、人間が本来持っている『自分で考える力』や『創造性』が育たない可能性がある」ことが示されました。
この現象を研究チームは、「認知的負債(Cognitive Debt)」という興味深い言葉で説明しています。
認知的負債とは、本来人間の脳がしなければならない思考や工夫といった活動をAIに任せてしまうことで、後からそのツケが回ってくる(自力で頑張った人との差が開く)という考え方です。
実際、実験に参加した人たちは、AIに任せて書いたエッセイの内容をほとんど覚えておらず、さらに文章に対する達成感や満足感もあまり感じず、自力で頑張ったグループに比べて脳活動も異なっていました。
つまり、AIを使ってラクをすることは一時的には良いかもしれませんが、長期的には「自分で考える力」が育たないリスクを伴います。
とはいえ、研究者たちは決して「AIを使うのが悪い」と主張しているわけではありません。
研究チームは、「重要なのはAIを避けることではなく、まず自分自身の認知力を育てることだ(The key isn’t avoiding AI — it’s building cognitive strength first.)」と述べています。
これはつまり、まずは自分の頭でしっかりと考える力を身につけ、その上でAIの力をうまく活用することが大事だということです。
これはちょうど昔、電卓が登場した頃と似てるのかもしれません。
電卓が普及し始めた時、多くの人は電卓に計算させると人類の「計算能力」や「数学的能力」が落ちるのではないかと心配しました。
しかし実際には、電卓を使うことでより高度な問題解決力や応用力を育てるような教育方法へと変わっていきました。
また現在の数学研究において計算を肩代わりしてくれる高性能なコンピューターの存在は欠かせないものになっています。
AIの普及に伴い、私たちの教育や考え方もまた、同じように変化を求められているのかもしれません。
元論文
Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task
https://doi.org/10.48550/arXiv.2506.08872
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部