政治や企業、学校など、あらゆる集団の中で「なぜこの人がこんなに力を持っているのか」と不思議に思ったことはないでしょうか。

目立つ発言をせず友達が多いわけでもないのに派閥や組織の重要な地位をキープしており、その人の意向で周囲が自然と協力する。そうした「静かな影響力」を持つ人は、どうして権力を維持できるのでしょうか?

その謎に光を当てるのが、“accuracy-as-advantage(アキュラシー・アズ・アドバンテージ:正確な知識が優位を生む)”という社会心理学の理論です。

この理論は、「社会の中で誰が誰とどうつながっているか」という“人間関係の地図”を正確に把握している人ほど、社会では強い影響力を持つようになるという考え方です。

もともとは組織論や政治的影響力の研究の中で提唱されてきた考え方ですが、アメリカのスタンフォード大学(Stanford University)とブラウン大学(Brown University)の研究チームは、その理論がごく日常的な人間関係──大学の新入生たちの友人関係の中でも機能することを明らかにしました。

この研究では新入生たちの人間関係を1年間にわたって追跡し、「影響力を持つようになる人はどんな“情報”を頭に入れていたか」を分析しています。

この研究の詳細は、2025年6月20日付で科学誌『Science Advances』に掲載されています。

目次

  • 社会で最も影響力を持つ人の秘密
  • 「誰と仲が良いか」より「誰と誰が仲が良いかを把握している」

社会で最も影響力を持つ人の秘密

これまでの社会心理学や組織行動研究では、友人が多い人、つまり“人気者”が社会的に有利な立場を得る傾向があるとされてきました。

たしかに、注目を集める存在は他人の目にも留まりやすく、リーダー的な地位につくこともあります。

しかし現実には、目立たないのに組織内で強い影響力を持つ人がいます。

たとえば失言ばかりで人望があまりなさそうなのに、なぜか派閥のトップになっている政治家や、社員同士の会話にはあまり登場しないのに、社内のキーパーソンから一目置かれている人物など、表向きの人気とは無関係に力を持つ人がいます。

Credit:canva

こうした現象を説明するために提唱されたのが、accuracy-as-advantageという理論です。

この理論が注目するのは、単なる人気や外見的な社交性ではありません。

「誰が誰とつながっているか」「グループ内でどんな対立や連携があるか」といった“ネットワーク構造”を正確に把握する力こそが、社会的な成功や影響力に直結するという仮説です。

つまり、「人間関係の地図」をより正確に頭の中に持っている人が、その集団内で情報を媒介したり、対立を避けたり、人々を動かす立場になりやすいのです。

こうした理論は、これまで組織内の人事、政治の舞台裏、ビジネスネットワークなどで注目されてきましたが、今回の研究ではそれがもっと身近な人間関係──大学生の友人関係においても再現されるかどうかが検証されました。

研究チームは、ブラウン大学の新入生187人を対象に、彼らの人間関係の形成と変化を1年にわたって6回調査しました。

その中で、従来型の「人気者」──つまり多くの人から友人だと思われている人が本当に影響力を持っているのかが検証されました。

ここでの「人気」は、自分を友人だと認識している人の数で測定されました。つまり「自分はこの人の友人だ」と名指ししてくれた人数が多いほど、その人は“人気者”とみなされたのです。

一方で、「影響力」は、単なる友人の多さではなく人間関係ネットワークの構造の中で、どれほど中心的な位置にいるかによって評価されました。

この“構造的な影響力”の指標として用いられたのが、固有ベクトル中心性(eigenvector centrality)と呼ばれるネットワーク理論の手法です。

固有ベクトル中心性とは、ネットワーク上で「影響力のある人とつながっている人ほど、その人自身も構造的に高い影響力を持つ」とされる指標です。

たとえば、周囲から信頼されている人物や、情報のハブとなっている人物とつながっている人は、それだけで間接的にネットワーク全体に影響を及ぼすポジションにあると評価されます。

研究では、この指標をもとに各学生の影響力を数値化し、その変化を1年間にわたって追跡しました。

あわせて、各学生が「誰と誰が友達か」という他人同士のつながりをどれだけ正確に把握しているかを測定しました。

この把握力は2つのレベルに分けて測定されました。

  • micro-level(個々の人間関係の正確な認知)
  • meso-level(グループ単位での構造の認識)

特にmeso-levelは、「この人とこの人は同じグループにいるはず」といった“人間関係を読む力”を意味します。

「誰と仲が良いか」より「誰と誰が仲が良いかを把握している」

研究チームは、調査開始時点で各学生が「どの程度、他人の関係性を正確に把握していたか(accuracy)」を測定し、その後1年かけて人間関係のネットワークがどう変化していくかを追跡しました。

結果として明らかになったのは、当初から“社会の地図”を正しく描けていた学生ほど、その後、他者からの信頼や接触が自然に集まり、ネットワーク内での影響力を強めていったという事実です。

特に最初の時点でmeso-levelの構造──つまりグループごとのまとまりをよく把握していた学生が、後にもっとも高い影響力を持つようになっていたことがわかりました。

この傾向は、学期が進むごとに徐々に顕著になっていきました。

また興味深いのは、「友達の多さ」自体は、ネットワーク内での影響力の変化にほとんど関係しなかったことです。

最初は目立たなかった学生でも、正確に人間関係を理解していた人は、学年の後半には“構造的に影響力がある”とされるポジションへと自然に引き寄せられていったのです。

つまり、友人の数や表面的な人当たりの良さだけでは、こうした影響力は説明できません。

ネットワーク全体の中で「誰と誰がつながっているか」という関係の構造をよく理解している人が、気づけば“人と人をつなぐ存在”となっていたのです。

この研究は、社会的影響力の形成には、「他人をどう見るか」という視点の正確さが不可欠であることを示しています。

たとえば、ある人がどのグループに属しているか、誰と誰が仲が良いのか、どこに対立があるのか──そういった関係性を誤って認識している人は、無意識のうちに誤った判断をし、人間関係の中心から外れていきやすいのです。

逆に、正確な“人間関係マップ”を持っている人は、情報のやり取りを円滑にしたり、対立をうまく避けたり、重要な橋渡し役として信頼されやすくなる。

これは、まさにaccuracy-as-advantage(正確な知識が優位を生む)という理論が示すとおりの現象です。

一見すると社交的でもないし、フォロワーが多いわけでもない──でも、周囲の関係をよく理解している人が、集団のダイナミクスの中で徐々に存在感を増していく。

こうした「静かな影響力」が、大きな組織や派閥内だけでなく、一般的な友人関係の中にも存在していることが、今回の研究から見えてきたのです。

これは、誰からも好かれていないように見えるのに組織や政治の中枢に強い影響力を持つ、いわゆる“裏の実力者”の存在を学術的な裏づけるものでもあります。

企業や政治、SNSといったより広い社会構造にも、この結果は応用可能なものです。

誰とつながるか以上に、「人と人のつながりをどう読み取るか」が、未来の影響力やキャリアを左右するのです。

あなたが今いる場所で、「誰がどんな関係を持っているか」に少しだけ意識を向けること。それが友人関係から会社での出世にまで影響する重要なファクターなのかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

Social success not about who you know – it’s about knowing who knows whom
https://www.theguardian.com/society/2025/jun/20/social-climbing-stanford-university-research

元論文

Early insight into social network structure predicts climbing the social ladder
https://doi.org/10.1126/sciadv.ads2133

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「人気はなくても派閥ではトップ」影響力を持つ人間はどうやって生まれるのか?