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最近、テレビや新聞、インターネットでも「女性活躍」や「ジェンダー多様性」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。
企業や政府は、男女の多様性を積極的に進めることが企業の競争力を高める鍵になると強調しています。
実際、世界的に見ると、企業の役員に占める女性の割合は2015年には15.1%だったのが、2021年には24.0%まで増えました。
日本も同じ期間に女性役員の割合は3.6%から11.5%に急速に増加し、増加スピードでは世界トップクラスです。
政府も2030年までに「取締役会メンバーの30%を女性にする」という明確な目標を掲げています。
一般的には、企業が男女のバランスを取ることで、多様な意見が生まれ、革新的なアイデアや柔軟な意思決定が可能になり、企業の業績も改善するだろうと期待されています。
ところが現実には、「女性役員を増やすと企業の業績は本当に良くなるのか?」という問いに対して、さまざまな国で実施されたこれまでの研究は、必ずしも明確な答えを出していません。
ある研究ではプラスの効果が確認されたものの、別の国の研究では女性取締役が増えるとむしろ業績が下がるという結果が報告されるなど、状況によって結果はバラバラなのです。
特に日本の場合、女性の社会進出が急速に進んでいる一方で、男性中心の企業文化や社会的な偏見がまだ根強く残っているため、女性が取締役として加わることがプラスになるのか、逆にマイナスに働くことがあるのかを丁寧に調べる必要があります。
そこで今回、中国の温州肯恩大学(Wenzhou-Kean University)たちは、日本の上場企業1990社のデータを18年間という長期にわたり徹底的に分析することで、日本の取締役会における女性比率と企業の業績の関係を明らかにしようとしました。
果たして、日本企業で女性取締役を増やすことは本当に企業の業績向上につながっているのでしょうか?
日本企業で女性取締役を増やすことは、本当に企業の業績向上につながっているのでしょうか。
この大きな謎を解明するために、研究者たちはまず日本の上場企業1990社を対象に、2006年から2023年まで18年分の膨大な企業データを集めました。
研究ではまず企業ごとの取締役会メンバーに女性がどれくらいいるのかという比率や、少なくとも1人以上女性取締役がいるかどうかといった基本的なデータを確認しました。
(※調査期間(2006~2023年)における女性取締役割合の平均は約5%ほどでした)
次に企業の業績指標としてよく使われるROA(総資産利益率)とROE(自己資本利益率)のデータを集計し、女性取締役の数との比較を行いました。
ROA(総資産利益率)&ROE(自己資本利益率)とは?
ROA(総資産利益率)は、会社が持っている工場や店舗、現金などすべての資産をどれだけうまく使って利益を生み出したかを示す「資産の効率メーター」です。一方、ROE(自己資本利益率)は株主が出したお金だけに注目し、その投資がどれほどもうかったかを示す「株主の利回りメーター」です。(※ただしROE は借金(負債)が多いほど見かけ上高くなりやすいものでもあります)
分析にあたってはできるだけ正確な結果を出すために、企業の規模や負債の多さといった業績に影響しそうな他の要因を調整し、「女性取締役の数が増えること自体」が純粋に企業の業績にどのような影響を与えるかを統計的に確かめました。
その結果、研究者たちは少し意外なことに気づきます。
なんと女性取締役が多い企業ほど、業績指標であるROAやROEがはっきりと低下するという傾向が明らかになったのです。
具体的には、取締役会に占める女性の割合が標準偏差(約7.8%ポイント)ぶん増加すると、企業の利益率(ROA)が約0.10ポイント低下するという結果でした。
(※より簡単に言えば、たとえば取締役が 100 人いる会社で、女性取締役が 5 人(=5%)だった状況からプラス7.8%されて12~13 人(=約12.8%)へと増えた場合、研究モデルではROA が平均で 0.1 パーセントポイント程度下がるという計算になります。)
これは大きな下げ幅ではありませんが、偶然とは考えられない程度の明確な傾向であり、「女性を増やせば必ず業績は良くなる」という一般的なイメージとは反対の現象が確認されたことになります。
さらに女性取締役が1人もいなかった企業に1人以上女性が入った場合でも、ROAは平均で0.156ポイント低下するという興味深い結果が示されました。
また研究者たちは、「特に女性取締役の増加による影響が強く出る企業はどのようなタイプなのか」という視点で、さらに詳しく分析しました。
すると、小規模な企業や、負債を多く抱えている企業ほど、この負の影響が顕著であることが分かりました。
つまり小さな会社や借金が多い会社では、女性取締役が増えることで経営のスピード感が鈍り、判断が遅くなるという可能性が示唆されました。
一方で、機関投資家が多い企業やイノベーション主体の業界ではこの負の影響はあまり目立たず、むしろ規制の多い業界や消費者向けの商品を扱う業界でより顕著に見られました。
また、コロナ禍前と比べて、コロナ禍の間では女性取締役が増えた際のマイナスの影響がやや弱まる傾向があることも明らかになりました。
研究チームは、ここでさらに「女性取締役が増えたから業績が下がった」のか、あるいは「業績が下がった企業ほど女性取締役を増やした」のかという因果関係(どちらが原因でどちらが結果か)を明らかにするための追加分析を行いました。
具体的には、日本政府が進める「女性活躍推進政策」を利用し、この政策が企業に女性取締役を増やす影響を与え、その結果として企業業績がどのように変化したかを検証しました。
その結果、やはり女性取締役の増加が業績低下を引き起こしている可能性が高いことが改めて裏付けられました。
また、女性取締役の割合がある一定の割合(例えば30%)を超えると業績が改善するという『クリティカルマス理論』が海外ではよく知られていますが、日本企業ではこの理論に当てはまる現象は確認できませんでした。
そもそも日本の企業で女性取締役が3人以上いるケース自体が非常に少なく、女性比率が高い企業があまりに少ないことが原因である可能性があります。
結局のところ、この研究は日本企業において、単に女性取締役を増やすことが必ずしも業績向上につながるわけではないという重要な事実を示しています。
むしろ、女性取締役の人数を数値として単純に増やすだけでは、業績が改善するどころか逆に利益率が下がってしまう可能性が高いという意外な結果を明らかにしたのです。
今回の研究によって、日本企業では女性取締役が増えることで、企業の業績がむしろ下がる可能性があることが示されました。
これは直感的には驚く結果ですが、なぜそのようなことが起きるのでしょうか。
研究者たちは、この原因としていくつかの興味深い可能性を指摘しています。
まず挙げられる理由として、「過剰な監視」という問題があります。
まず女性取締役が増えると、取締役会の監視機能が強化される傾向があります。
これは企業の透明性や管理を向上させるメリットがある一方で、あまりに強すぎる監視は意思決定のスピードを落としてしまい、小規模な企業や財務に課題を抱える企業では特に経営判断の遅れを生じさせる可能性があります。
なぜ女性取締役の増加は監視強化を起こしやすいのか?
女性取締役が増えることで取締役会の監視機能が強まる傾向があることは、多くの学術的研究から明らかになっています。特に、経営学やコーポレート・ガバナンスの研究でよく引用される「エージェンシー理論(Agency Theory)」に基づいて、そのメカニズムが説明されています。
エージェンシー理論とは、企業の経営者(CEOや経営陣)と株主(所有者)の利害が必ずしも一致しない状況を前提に、取締役会が経営陣の行動を監視し、株主に対する責任を果たすことを重視する考え方です。こうした理論的な枠組みの中で、特に女性取締役は取締役会の中で監視役としての役割を強化する傾向があることが示されています。
その背景には、いくつかの理由があります。まず、女性取締役は取締役会の会議において、経営陣の意思決定や行動をより慎重に評価しようとする傾向が強いという研究結果があります(Adams and Ferreira, 2009)。これは女性が、男性が中心となった既存の取締役会の「暗黙のルール」や「なあなあな関係」から距離を置き、より客観的な視点で企業統治を行うことを示しています。
また、取締役会の男女多様性が進むことで、意見の違いが生まれやすくなります。
多様な視点は企業にとって良い影響もありますが、日本企業のように同質性を重視してきた企業文化の中では、意見調整に時間がかかり、短期的には効率が落ちることもあり得ます。
さらに、日本社会には女性の経営能力に対する無意識の偏見やステレオタイプが根強く残っています。
そのため、女性取締役が実際に企業の意思決定において十分に活躍するには、このような偏見や障壁を取り除く努力が欠かせません。
加えて研究では、女性取締役が多い企業ほど社会的責任(CSR)活動やイノベーションに積極的になる傾向があり、短期的には財務面での負担が増えることも示されています。
こうした要素は、従来の業績評価基準だけでは捉えきれない側面を持っています。
そのため研究では、単に女性取締役を数として増やすのではなく、女性が実際にその能力を発揮できるような企業文化や制度づくりが必要だと指摘しされています。
企業の経営者や政策担当者は、今回明らかになった結果を踏まえ、女性登用政策や多様性の推進をより慎重に進めていくことが求められるでしょう。
今後、日本企業が多様性の推進を通じて長期的な成長を実現していくために、この研究結果を踏まえた議論や対応がますます重要になっていきます。
元論文
Board Gender Diversity and Firm Performance: Recent Evidence from Japan
https://doi.org/10.3390/jrfm17010020
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部