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私たちの脳は、静かに見えても常に電気信号が飛び交っています。
そしてその信号は、特定のリズムで「脳波」として現れます。
今回注目されたのは、その中でも特にゆっくりとした4〜8ヘルツの「シータ波」と呼ばれる脳波です。
シータ波は、集中力を要するタスクや、思考の切り替えが求められる場面で強く現れることが知られています。
とくに脳の前頭中央部での活動は、「認知制御」と深く結びついており、注意の集中、柔軟な思考、そして意思決定の実行に関わる重要な役割を担っています。
研究チームが注目したのは、このシータ波が脳の複数の領域で“同調”して動く現象、すなわち「シータ波結合(theta connectivity)」です。
これは例えるなら、指揮者のもとで管弦楽団が完璧に調和して演奏するようなもので、脳の各部位が協調して働く状態といえるでしょう。
この協調が取れていればいるほど、より複雑で難しい課題にもスムーズに取り組めると考えられます。
そして今回の研究では、この“脳内のハーモニー”こそが、私たちの知性に深く関係していることが実証されたのです。
チームは、18歳から60歳までの男女148名を対象に、まず記憶力と知能を測定するテストを実施しました。
続いて、被験者たちの脳波を非侵襲的な脳波計(EEG)で記録しながら、3つの課題に取り組んでもらいました。
・課題1:画面に提示された数字が「奇数か偶数か」「5より大きいか小さいか」を判断する
・課題2:「ナボン図形(※下の動画を参照)」から、全体の大きな形を答えるか、構成要素となる小さな形のどちらかを答える
・課題3:数字と文字のペアから、「数字が5より大きいか小さいか」または「文字が母音か子音か」を判断する
ナボン図形とは、下の動画のように、小さな図形を組み合わせて大きな図形を作ったもの。
例えば、小さな「H」を並べて、大きな「O」を作る
これらの課題は、一つ一つはさほど難しくありませんが、見た目ほど単純でもありません。
なぜならルールが次々と切り替わるため、参加者は短時間で“思考モード”を切り替えなければならないからです。
つまり、脳が柔軟に適応する力が試されたのです。
チームは、こうした瞬間に脳のネットワークがどのように連携し、どのようなリズムを刻むのかをリアルタイムで観察しました。
すると驚くべきことに、知能や記憶力のスコアが高かった人ほど、課題中のシータ波の同調性が強く現れることが判明しました。
特に、意思決定を行う瞬間において、脳内の協調が際立っていたのです。
また重要なのは「常に集中している」ことではなく、状況に応じてタスクやルールを瞬時に切り替える柔軟さであることも明らかになりました。
これまでの研究では、脳の“どこが活動しているか”に注目されがちでしたが、今回は“脳全体がどう連携して動いているか”に焦点を当てたことで、より本質的な知性のメカニズムが見えてきたのです。
この研究は、脳内で発せられるシータ波の同調が、私たちの知性とどのように関わっているのかを示す重要な一歩となりました。
まるでオーケストラのように、脳の各領域が絶妙なタイミングで連携することで、私たちは柔軟に思考し、集中し、正しい判断を下せるのです。
将来的には、このシータ結合のパターンを活用して、脳ベースの学習トレーニングや認知能力の診断ツールが開発されるかもしれません。
参考文献
Thinking in sync: How brain rhythms support intelligence
https://press.uni-mainz.de/thinking-in-sync-how-brain-rhythms-support-intelligence/
Your Brain Has a Hidden Rhythm, And It May Reveal How Smart You Are
https://www.sciencealert.com/your-brain-has-a-hidden-rhythm-and-it-may-reveal-how-smart-you-are
元論文
Trait characteristics of midfrontal theta connectivity as a neurocognitive measure of cognitive control and its relation to general cognitive abilities.
https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Fxge0001780
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部