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観察によると、シャチたちは「オオウキモ」と呼ばれるコンブ科の海藻の先端を自ら噛みちぎり、茎の部分を体と体の間に挟んで転がすようにこすり続けていました。
昆布の茎は中が空洞でしなやか、それでいて表面は滑らかで、まるで水を詰めたホースのような性質を持っており、グルーミング(毛づくろい)には最適な素材といえます。
この一連の行動は新たに「アロケルピング(allokelping)」と名付けられました。
“アロ(allo)”は「他者と共同で」という意味、”ケルプ(kelp)”は「昆布」という意味で、すなわち仲間同士で昆布を使って体をこする行動を意味します。
これまでにもイルカが海綿を使って口先を保護する行動や、シャチが海岸の石に体をこすりつける行動は知られていましたが、「仲間との共同作業」「道具の加工」「反復利用」といった要素がすべて揃った事例は、海洋哺乳類としては前例がありません。
このアロケルピングは単なる遊びではなく、意図的に対象を選び、仲間と協力しながら繰り返し行う、高度な社会的行動だと考えられます。
では、この奇妙な昆布グルーミングには、どのような目的があるのでしょうか?
一つは皮膚の健康維持です。
クジラ類の多くは、古い皮膚や寄生虫を落とすために海藻の中を泳ぎまわる行動を行います。
アロケルピングはおそらくこれを発展させたもので、特定の体の部位にピンポイントで圧をかけてこすれるという点で、より効果的と考えられます。
また、昆布には抗菌・抗炎症作用を持つ成分が含まれており、皮膚の炎症や感染を防ぐ薬用的な意味もあるかもしれません。
もう一つ注目されるのが、社会的な絆の強化という側面です。
人間を含む霊長類では、毛づくろいが信頼関係を築くための行動として広く知られています。
今回のアロケルピングも、そうした社会的ふれあいの一種である可能性があります。
実際に観察では、親子関係にある個体や、年齢の近い個体同士でこの行動が行われる傾向が確認されています。
さらに重要なのは、この行動が「文化的に特有なもの」であるという点です。
世界中のシャチは見た目は似ていても、生息域や言語、狩りの方法が異なる「エコタイプ(生態型)」という別々の集団を形成しており、互いに交配しません。
つまり、ある行動が一つの集団でだけ観察されるなら、それは“文化”の現れといえるのです。
今回のアロケルピングは、他のシャチの群れでは確認されておらず、サザンレジデントに特有の文化的行動である可能性が極めて高いと考えられます。
今回の発見は、サザンレジデントのシャチたちが単なる動物以上の存在であること――複雑な社会を持ち、独自の文化を継承している存在であることを改めて示しています。
しかし、その文化も彼らの命とともに消えかけています。
サザンレジデントのシャチたちは、主にキングサーモンを食べて生きていますが、その数はダム建設や過剰漁獲、気候変動などによって激減しています。
彼らは生きるためのエネルギー源を確保することが難しくなっており、出生率も著しく低下しています。
さらには、今回彼らが“道具”として使っていたオオウキモも、温暖化の影響で衰退しています。
シャチという種を守ることはもちろん大切ですが、彼らが持つ文化、知性、そして仲間を思いやる心までもが失われつつあることに、私たちはもっと目を向けるべきかもしれません。
参考文献
Killer whales make seaweed ‘tools’ to scratch each other’s backs
https://news.exeter.ac.uk/faculty-of-health-and-life-sciences/killer-whales-make-seaweed-tools-to-scratch-each-others-backs/
Orcas’Strange Beauty Routine Revealed by Scientists For The First Time
https://www.sciencealert.com/orcas-strange-beauty-routine-revealed-by-scientists-for-the-first-time
元論文
Manufacture and use of allogrooming tools by wild killer whales
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.04.021
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部