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その技術の1つに建物を「冷却する塗料」が存在します。
従来の冷却塗料の多くは「放射冷却」に依存していました。
これは、塗装面から赤外線を放射し、宇宙の寒冷な空間へと熱を逃がす仕組みです。
特に屋根など、空を向いている面では高い効果を発揮します。
しかし、この仕組みには大きな弱点があります。
湿度が高い地域では空気中の水蒸気が赤外線を吸収し、熱が逃げにくくなるため、効果が大きく低下するのです。
また、放射冷却は空を向いた面に限られるため、ビルの側面などでは期待されるほどの効果を発揮できません。
そこで南洋理工大学は、新たな冷却塗料「CCP-30」を開発しました。
この塗料の最大の特徴は、放射冷却・蒸発冷却・太陽反射という三つの冷却メカニズムを同時に備えている点です。
特に注目できるのは、「蒸発冷却」を採用している点です。
CCP-30は、セメントを基盤とした構造にナノ粒子を組み込んだ多孔質素材で、水分を塗料の内部に、重量の約30%まで保持できます。
そして吸収された水分は時間とともに蒸発し、その際に表面の熱を奪うのです。
これはまさに人間が汗をかいて体を冷やすのと同じ仕組みです。
また、水分を保つために塗料には微量のポリマーと塩分が加えられており、これがヒビ割れ防止や長期的な水分保持に貢献しています。
空気中の湿度や雨から水分を吸収し、自己補水機能を持つため、長期間にわたり安定した冷却性能を発揮できるのです。
さらにこの塗料は、88〜92%の太陽光を反射し、95%の熱を赤外線として放出する能力も持っています。
では、実際に新しい塗料を用いると、どれだけの冷却効果があるのでしょうか。
新しい塗料の実力を確かめるために、研究チームは3棟の小型住宅に、それぞれ通常の白塗料、市販の冷却塗料、CCP-30を塗布しました。
場所は高温多湿なシンガポールであり、従来の冷却塗料には過酷な環境下で、2年間にわたる屋外実験が行われました。
その結果、時間が経つにつれ、通常の白塗料と市販の冷却塗料は紫外線や降雨の影響で黄ばんでしまい、反射率も低下していきました。
しかし、CCP-30は白さを保ち続け、反射性も安定したままでした。
また、CCP-30の冷却性能は、市販の冷却塗料の性能を上回り、CCP-30を塗布した住宅ではエアコンによる電力消費が30〜40%も削減されました。
この数字は、エネルギーコストだけでなく、CO2排出量の削減にも直結します。
実際、CCP-30は通常の白塗料と比較してCO2排出量が28%も削減されました。
今後は、さらに広範囲な実証試験や量産化に向けた工程の最適化が進められる見込みです。
特に中東や東南アジアなど、高温多湿で冷房需要が高い地域においては、CCP-30が都市のヒートアイランド現象を抑制し、持続可能な都市設計の一助となることが期待されています。
今後、電力も機械も使わず、「汗をかく」ようにして内部を冷やす建物が増えていくかもしれません。
参考文献
This paint ‘sweats’ to keep your house cool
https://www.sciencenews.org/article/this-paint-sweats-keep-your-house-cool
Passive cooling paint sweats off heat to deliver 10X cooling and 30% energy savings
https://techxplore.com/news/2025-06-passive-cooling-10x-energy.html
元論文
Passive cooling paint enabled by rational design of thermal-optical and mass transfer properties
https://doi.org/10.1126/science.adt3372
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部