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ハイドロキシアパタイト(HAp)は、骨や歯の主成分であり、医療現場では骨や歯の修復材として広く使用されています。
人間や動物では、骨を生成する特殊な細胞「骨芽細胞」が、体内でカルシウムとリンを集めてHApを生成しています。
しかし、このHApを人工的に作ろうとすると、同じような条件を再現するのが難しく、細胞を使った製造には時間と費用がかかります。
そのため、HApは高価な素材として扱われています。
そんな中で注目されたのが、酵母という身近で育てやすい微生物です。
今回の研究では「サッカロマイセス・ブラウディ(Saccharomyces boulardii)」という酵母に着目しています。
この酵母は骨芽細胞とよく似た働きをし、周囲の環境からミネラルを回収して蓄える能力があります。
そこで研究チームは、この酵母の遺伝子組み換えに着手。
尿に含まれるカルシウムとリンを取り込み、ハイドロキシアパタイト(HAp)に変換されるよう設計しました。
この遺伝子組み換え酵母は、「Osteoyeast(”骨酵母”の意。本記事でもそう呼びます)」と名付けられました。
実験では、1リットルの尿から1グラム以上のHApが得られたと報告されており、この変換効率は今後研究が進むにつれて向上すると考えられます。
では、この新しい技術は、私たちの生活にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
新しく開発された「骨酵母」が、社会に与える影響は多岐にわたります。
まず、経済的なメリットです。
下水処理と同時に高価なHApが生産できるようになれば、処理コストを削減しながら収益も得られる「副産物モデル」が実現します。
研究チームは、サンフランシスコほどの規模の都市で、どれほどの経済効果をもたらすか分析しました。
その試算によると、製造コストは1キログラムあたり約19ドルであり、これをアメリカ市場で50〜200ドルで販売できると考えられます。
システム全体では、年間約140万ドル(約2億円)の利益を生み出すことができるのだそうです。
次に環境面の利点も大きいです。
現在の尿処理は水やエネルギーを大量に消費しますが、この酵母を使えばそれらの負担を減らし、同時に尿から貴重なリン資源を回収できます。
さらに、この技術は宇宙開発分野への応用も期待されています。
宇宙のような閉鎖環境では資源の再利用が重要ですが、骨酵母なら尿から骨の材料を生成可能。
宇宙飛行士の健康管理にも役立つかもしれません。
「私たちの体から出た“廃棄物”が、未来の医療や環境保護を支える」
そんな発想の転換をもたらすこの研究は、今後のバイオテクノロジーと資源循環の融合に向けた重要な一歩といえるでしょう。
次にトイレに行くとき、ただ流してしまうのが少しもったいなく感じられるかもしれませんね。
参考文献
Modified yeast “pee-cycles”urine into a valuable biomedical product
https://newatlas.com/science/osteoyeast-urine-hydroxyapatite/
New Process Uses Microbes to Create Valuable Materials from Urine
https://newscenter.lbl.gov/2025/06/17/new-process-uses-microbes-to-create-valuable-materials-from-urine/
元論文
Cost-effective urine recycling enabled by a synthetic osteoyeast platform for production of hydroxyapatite
https://doi.org/10.1038/s41467-025-59416-8
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部