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私たちの知る限り、自然界の基本的な力は重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つです。
しかし、標準模型が説明できない宇宙の謎(例えば暗黒物質の存在や物質と反物質の非対称性など)を解き明かすため、これまでの理論にない「第五の力」の存在がしばしば議論されてきました。
中でも有力な仮説の一つが、電子と中性子の間に作用する未知の力です。
4つの力と第5の力とは?
私たちの世界を動かしている基本の「糸」は、重力・電磁気力・強い力・弱い力の四つだけだと長く教えられてきました。重力はリンゴを落とし惑星を束ねる“引き寄せ”の糸、電磁気力は磁石をくっつけたり光を走らせたりする“電気と光”の糸、強い力は原子核の中で陽子と中性子をがっちり結ぶ“超強力接着剤”の糸、弱い力は放射性崩壊を起こして星を光らせる“変身トリガー”の糸です。ところが宇宙には暗黒物質や物質・反物質の非対称など、四本の糸では編み上がらない模様が残っています。そこで物理学者は「もしかすると、まだ見えていない“第5の力”が細く隠れていて、電子と中性子の間など極小の距離でそっとささやいているのではないか」と考えました。電子は原子の外側を回る軽やかな粒、いっぽう中性子は原子核の中で陽子と肩を並べる重い粒――普通は強い力や電磁気力で直接くっつきませんが、もし電子と中性子の間を取り持つ未知の“ささやき役”の粒子(ユカワ粒子など)が存在すれば、原子全体のエネルギーをほんのわずかに揺らし、その余韻が電子の色(遷移周波数)の違いとして現れるはずと考えられています。
もしそのような力(それを媒介する未知の粒子)が存在すれば、原子核内の中性子と原子を取り巻く電子の相互作用に微小な影響を及ぼし、原子のスペクトル(遷移周波数)のわずかな変化として現れる可能性があります。
新たな力の探索は大型加速器での高エネルギー実験だけでなく、原子やイオンを用いた精密分光実験でも行われています。
複数の同位体を持つ元素では、同位体ごとに電子遷移の周波数がわずかに異なる(同位体シフト)ため、それを精密に測定して比較すれば標準模型を検証し、新しい相互作用の存在を探ることができます。
特にカルシウム(元素番号20)は、原子の「兄弟違い」にあたる同位体が5種類(^40Ca、^42Ca、^44Ca、^46Ca、^48Ca)そろっています。しかもこれらの同位体は、原子核がほとんど回転していない(核スピン=0)ため、余計な複雑さが入らず互いの違いをそのまま比べやすい──実験にうってつけの素材なのです。
この研究ではカルシウム原子の同位体シフトを前例のない精度で測定し、未知の力の効果を絞り込むことを目的としました。
「キングプロット」と呼ばれる手法では、ある原子の複数同位体における二つの異なる電子遷移の周波数差をプロットし、一直線(=線形)になるかどうかで標準模型からのずれを検出します。
従来の研究でもこの方法で新しい力の兆候を探ってきましたが、今回は測定精度と感度を飛躍的に高めています。
精密分光実験は大型加速器に比べて小規模かつ低コストで、新たな物理法則を探る有力な代替手段として注目されています。
十分な精度があれば、加速器では捉えにくい微かな粒子の影響を検出できる可能性があるのです。
第五の力は存在するのか?
謎を解明するための研究チームは、ドイツの物理工学研究所(PTB)、スイスのETHチューリッヒ、ドイツ・マックスプランク核物理学研究所など豪華メンバーで構成されました。
研究者たちはまず、カルシウム原子の「五つの兄弟」──^40Ca、^42Ca、^44Ca、^46Ca、^48Ca──を一つずつ取り上げ、それぞれで二種類の“音階”を聞き取るように電子の色(光の周波数)を測定しました。
ひとつは電子を1個だけ失ったCa⁺、もうひとつは20個ある電子のうち14個も失ったCa¹⁴という超スリム体形のイオンで測定し、電子が核に強く引っぱられるほど微妙な違いがくっきり現れる仕組みを利用したのです。
この周波数のペアを五つの同位体で測ると全部で四つの差(^40Caに対するズレ)が得られます。
ふつうなら、その四点をグラフに打つと一直線になる――これが「キングプロット」のお約束です。
ところが今回はその線がわずかに「しなる」ことが分かりました。
その曲がり具合は確率論で言えば900σという桁外れの確からしさで、偶然や単純な測定ミスではまず説明できません。
(※通常の新規発見といわれる場合は5σ程度で十分と言われていますから900σがいかに圧倒的な数値かがわかります。)
新発見とσの関係とは?
物理学の論文でしばしば目にするσ(シグマ)は、観測値が「平均からどれだけ離れているか」をはかる“ものさし”です。通常、データのばらつきをまとめる指標として使われますが、新しい現象を見分けるときには「どれくらいσ分だけ飛び出しているか」が決定打になります。たとえば平均から1σ外れる事象は、確率でいえばざっくり三分の一の頻度で起こり得るので「たまたま」かもしれません。ところが5σ離れると偶然に起きる確率は350万分の1まで下がり、「ほぼ偶然では説明できない」という水準に到達します。粒子物理や天文学の世界で「発見!」と宣言する目安が5σなのはこのためです。今回のカルシウム実験で観測された曲がりはおよそ900σ、すなわち5σどころか桁違いに遠く、日常的なゆらぎで説明するのはほぼ不可能な領域に入っています。言い換えれば、σという数字が大きくなるほど「偶然ではなく、本物の新現象だ」と胸を張れる自信度が指数関数的に増すのです。
では何が線を曲げたのか?
考えられる理由は二つに大別されます。
ひとつは電子の雲が原子核をほんとに少し押しつぶして偏極させる“核分極効果”か、それとも標準模型を越えた未知の相互作用――いわゆる『第5の力』です。
残る選択肢は、標準模型の枠内にあるもの、たとえば「二次質量シフト」と呼ばれる高次効果ですが、細かい計算をしても曲がりを全部埋めるには力不足でした。
核分極効果はこれまで精密に扱われてこなかったため不確かさが大きいものの、現時点で標準模型側から差し出せる“最後のカード”でもあります。
つまり、キングプロットのわずかな「しなり」は、見落とされてきた核の揺らぎか、まったく新しい力のささやきか、そのどちらかが本命として残ったのです。
今回の研究によって発見された“まっすぐにならない線”について研究チームは、偶然ではなく物理的な原因が潜んでいると見ており、先に述べたように、2つのシナリオが想定されています。
ひとつめは、私たちがまだ知らない新しい力――電子と中性子の間でこっそり作用する“第5の力”――が関わっているという可能性です。
もしそれが正しければ、今回見つかったズレはこの未知の力の“初サイン”ということになります。
もうひとつは、従来は無視できるほど小さいと思われていた核分極効果が、実は思ったより大きく顔を出しているパターンです。
こちらが本当なら教科書を書き換える必要はありませんが、原子核の内部構造をめぐる理解が一段深まることになります。
ただし計算の不確かさが残る現段階では、核分極効果だけでズレを説明し切れるかどうかは断言できず、第5の力の芽も完全には摘み切れていません。
研究チームは「さらに高精度の測定と理論を突き詰めて、原因を絞り込む必要がある」と慎重な立場です。
仮に第5の力が本当に存在するとしても、今回の分析によりその強さや届く範囲はこれまでより厳しく絞られました。
換言すれば、もし新しい力がいても私たちの日常では感じ取れないほど微弱だということが、よりはっきりしたわけです。
一方で、核分極効果のような標準模型内の現象がこれほど目立つかもしれないという点も、十分に大きな発見と言えます。
今回のカルシウム実験は、未知の力を探る地図に新しい方位線を引いた重要な一歩です。
今後は核分極効果をもっと精密に計算する研究や、別の元素・別の遷移を使った追試が計画されています。
測定精度がさらに上がり、既知の効果をきれいに差し引けるようになれば、残るズレが本当に“第5の力”によるものか、それとも原子核内部の意外な動きかが判明するでしょう。
今回とらえたわずかな「しなり」が、新しい自然法則への扉なのか――その鍵を手にする日を、多くの科学者が待ち望んでいます。
元論文
Nonlinear Calcium King Plot Constrains New Bosons and Nuclear Properties
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.233002
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部