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これまで、鳥が早朝に鳴く理由については「環境的な要因」が中心と考えられてきました。
たとえば、夜明けは気温が低く空気が安定しているため、音が遠くまで届きやすいという音響伝播効率説(acoustic transmission hypothesis)。
また、朝の暗がりでは視覚が利きにくく、まだ採食も始められないので、他にやることがなくて鳴いているという視覚制限説(light-level constraint hypothesis)。
さらには、体内リズムやホルモンによって発声が促されるという生理的な説明もありました。
こうした仮説はもっともらしく聞こえますが、実はその多くが厳密な検証を経てきたわけではありませんでした。
特に、夜明けの鳴き声と条件がよく似た夕暮れ時の鳴き声とを同じ個体群で比較するという設計の研究は、これまでほとんど行われていなかったのです。
つまり、「朝に鳴く」こと自体は知られていたものの、それがなぜ朝なのかを他の時間帯と比較して確かめるという科学的アプローチが長く欠けていました。
この空白に取り組んだのが、コーネル大学鳥類学研究所(Cornell Lab of Ornithology, Cornell University)の生態学者ヴィジェイ・ラメッシュ(Vijay Ramesh)氏を筆頭著者とする研究チームです。
研究チームは、世界有数の生物多様性ホットスポットであるインド・西ガーツ山脈において、43か所に録音装置を設置し、69種の野鳥のさえずりを夜明け前後と夕暮れ前後でそれぞれ数ヶ月間にわたり記録しました。
これは受動音響モニタリング(passive acoustic monitoring)と呼ばれる方法で、研究ではこれを多地点・多種にわたって網羅的に実施し、野生の鳥類の非常に大規模なデータを収集したのです。
チームはこのデータを分析し、各種の鳴き声がどの時間帯にどれだけ出現していたかを定量的に評価しました。その結果、朝と夕方では環境条件(気温、光量など)が似ているにもかかわらず、多くの鳥が朝の時間帯にだけ鳴き声を集中させていることが明らかになったのです。
この発見は、従来の「環境要因が主な理由である」という仮説に大きな疑問を投げかけました。
研究チームはさらに、各鳥種の鳴き声の時間帯と、その鳥の生態的な特性──たとえば縄張りの強さや食性(果実・昆虫など)──との関係を統計的に分析しました。
するとそこから、これまで見過ごされてきた新たなパターンが見えてきたのです。
分析の結果、早朝の鳴き声には「社会的な機能」が強く関係していることが明らかになりました。
とくに明確な傾向が見られたのが、縄張り意識の強い鳥たちです。
たとえば、シジュウカラの仲間やヨシキリのような種では、朝の時間帯に鳴き声が集中しており、自分のテリトリーを他の個体に示すための行動と考えられます。
ここで重要なのは、なぜ「朝一番」でそれを行うのかという点です。
鳥たちの縄張りは一度確保すれば永久に安泰というものではなく、周囲の個体は常に空白地や隙をうかがっています。
もし朝になってもその場所で声が聞こえなければ、「この縄張りは空いている」と判断され、侵入されるリスクが高まります。
そのため、夜明けとともにすぐさま鳴くことは、野生の世界における「おはよう」の一声ではなく、「ここはオレの場所だぞ」という宣言なのです。
また、果実と昆虫を食べる雑食性の鳥──たとえばムクドリの仲間など──でも、朝の鳴き声が目立ちました。
これらの種は群れで採食する傾向があり、鳴き声が仲間への位置情報や採餌開始の合図、あるいは捕食者への警戒信号として使われている可能性があります。
一方で、主に果実のみを食べる鳥や、縄張りを強く主張しない鳥では、朝と夕の鳴き方に大きな差が見られないこともわかりました。
この結果からは、これまで有力とされてきた「環境要因説」は否定されます。
研究者が音響条件をほぼ同等に揃えた朝と夕方で比較しても、一部の鳥たちは朝のほうが明らかに鳴き声が多くなっていました。
つまり、朝の鳴きが多い理由を「声が通るから」などの環境要因とする説では、鳴く時間帯の違いをうまく説明できなかったのです。
また、同様に暗くて視覚的活動が制限されるために鳴いているという「視覚制限説」についても、夕暮れの薄明かりが似た条件であるにもかかわらず、朝に鳴き声が多い鳥がいたことから支持されにくくなりました。
加えて、ホルモンや体内時計による発声リズムという「生理説」も、種によって朝に鳴き声が多いものと、朝・夕で同じ様に鳴くものがいることから支持できません。
もし鳥たちが体内時計に従って鳴く時間を決めているのであれば、一貫して朝の鳴き声が増えると予想されますが、そのような傾向は特になかったのです。
このように、長年「環境」や「生理」によって説明されてきた「朝のさえずり」という現象が、実は「社会戦略の一環」であったことが、今回の研究によって初めて明確に示されたのです。
つまり、早朝に鳥が鳴くのは、縄張り意識強い鳥や、雑食性の仲間と協力して採餌行動を取る鳥たちであり、鳥たちは生態的なニーズに応じて戦略的に鳴いていたのです。
研究チームは、今後さらに行動観察や個体識別を組み合わせることで、鳴き声の意味や機能をより深く理解できるだろうと述べています。
今回の研究は、私たちが何気なく耳にしてきた鳥のさえずりに、新たな意味を与えるものです。
朝聞こえる鳥のさえずりは、涼しくて空気の澄んだ朝の時間を楽しんでいたり、朝の挨拶を交わしているような朗らかな印象がありましたが、実際は縄張りの主張や、狩りの合図など戦略的な理由によるものだったのです。
ニワトリの朝鳴きは、過去の実験によって体内時計(生物の中の時間)にしたがって決まっていることがわかっています。たとえ暗い部屋に入れて外の様子が見えなくても、毎日ほぼ同じ時間に鳴くのです。
つまり、ニワトリの「朝鳴き」は習慣や社会的な駆け引きではなく、生理的に決まっている行動なのです。
これに対して、今回の研究で明らかになった野鳥の鳴き声は、「とにかく朝に鳴く」のではなく、その種の生き方や縄張り争いなどの“戦略”によって、朝を選んで鳴いているという違いがあります。
朝に鳥たちが鳴くというのは、当たり前の自然の景色ですが、科学は、身近な音や風景に隠された「意図」や「意味」を見つけ出す力を持っているのです。
参考文献
Study reveals why the early bird sings early
https://news.cornell.edu/stories/2025/06/study-reveals-why-early-bird-sings-early
元論文
Why is the early bird early? An evaluation of hypotheses for avian dawn-biased vocal activity
https://doi.org/10.1098/rstb.2024.0054
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部