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今回の研究では、英国の大規模バイオバンクに登録された47万9723人のデータが使われました。
対象者は平均年齢56.5歳で、調査開始時には全員が認知症の兆候を持たず、歩行可能な状態にありました。
研究チームは、参加者に「過去4週間で最もよく使った移動手段(通勤を除く)」を尋ね、以下の4つのカテゴリに分類しました。
・非アクティブ:自家用車または公共交通機関
・徒歩
・混合ウォーキング:徒歩と他の移動手段の併用
・自転車・混合自転車:自転車単独または他の移動手段との併用
その後、中央値13.1年にわたる追跡調査を行い、認知症の発症とMRIによる脳構造の変化を分析しました。
結果は明快でした。
自転車や混合自転車で移動していた人は、全認知症の発症リスクが19%も低下。さらにアルツハイマー病は22%、若年性認知症は40%、晩発性認知症も17%リスクが下がっていたのです。
一方で、徒歩だけで移動していた人は、必ずしも効果が高いとは言えませんでした。単独の徒歩移動では、アルツハイマー病のリスクがむしろわずかに上昇していたのです。
この違いは何を意味するのでしょうか?
そのヒントは、脳の構造にありました。
MRI解析の結果、自転車を使っていた人は、記憶を司る海馬の体積が有意に大きいことがわかりました。
これは脳の若さを示す指標であり、脳の健康が保たれていることを示す証拠です。
自転車移動は、単なる運動だけでなく、ルートの選択や交通状況への注意、空間認知能力の活用など、複雑な認知活動を伴う移動手段です。
これが脳の可塑性を高め、神経新生を促し、脳内の炎症を抑える効果を生み出していると考えられます。
さらに、遺伝的に認知症のリスクが高いとされる「APOE ε4」遺伝子の保有者でも、自転車移動によって一定のリスク軽減効果が確認されました。
ただし、この遺伝子を持たない人のほうがより大きな恩恵を受けていることもわかっています。
今回の研究は、「脳の健康を守るには、まずペダルを踏み出すことが有効かもしれない」という新たな視点を私たちに与えてくれました。
日常の中でのちょっとした選択――自転車で買い物に行く、最寄り駅まで自転車で通う、その一つ一つが、未来の認知機能を守る大きな投資になりうるのです。
参考文献
Bicycling tied to reduced dementia risk and greater hippocampal volume retention
https://medicalxpress.com/news/2025-06-bicycling-dementia-greater-hippocampal-volume.html
Cycling in Midlife Tied to Lower Risk of Dementia
https://www.medpagetoday.com/neurology/dementia/115984
元論文
Active Travel Mode and Incident Dementia and Brain Structure
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2025.14316
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部