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テンジクダイ科は温暖な海を中心に世界に約380種が知られるグループですが、クダリボウズギスの情報はこれまでほとんど記録されておらず、生態は“完全に未知”とされてきました。
チームは2022年6〜7月の調査で、地中の空洞から13匹の成魚を採集。
そのうち4匹は、なんと口の中に卵をくわえていたのです。
この「口内保育」という行動はテンジクダイ科の一部では知られていたものの、これほど北方の冷たい干潟で見つかるとは想定外でした。
これにより、クダリボウズギスはテンジクダイ科として最も北で繁殖する種であることが明らかになったのです。
また地中にある空洞は、自然にできたものではなく、実はテッポウエビやアナジャコといった甲殻類が掘った巣穴である可能性が高いと考えられています。
つまり、クダリボウズギスは甲殻類の巣を“間借り”して生活している可能性があるのです。
さらに興味深いのは、魚たちがこの真っ暗な地中環境をどうやって把握しているのかという点です。
実はクダリボウズギスの体表には「感覚孔」と呼ばれる小さな器官が無数に並んでいます。
これは水の流れや振動を感じ取るセンサーのようなもので、視界の効かない地中でも周囲の構造を把握する“触覚地図”の役割を果たしているとみられています。
まるで、魚版の“地中探知機”とも言えるこの能力が、彼らの奇妙な生態を支えているのです。
採集された口内保育中のオスの口の中から見つかったのは、直径1ミリほどの卵が約250個。
それらが細い糸でつながって球形の「卵塊」となっていました。
親魚はこの卵塊を口の中で大切に守り、外敵や乾燥から保護していると考えられます。
口内保育は魚類の中でもそれほど一般的ではなく、特にクダリボウズギスのような地中で生活する魚にとっては、非常に合理的な子育て戦略といえるでしょう。
しかし、この魚の暮らしぶりはまだ謎に満ちています。
たとえば、
・卵が孵化したあと、稚魚はすぐに地中から出ていくのか?
・成魚は昼夜をどう過ごしているのか? 地中にずっととどまっているのか?
・甲殻類との関係は共生なのか、ただの住居利用なのか?
といった基本的な生態情報もまだわかっていません。
研究者たちは今後、甲殻類との関係性や地中の空洞のネットワーク構造を明らかにするため、さらなる調査を進める方針です。
また今回発見された干潟は、震災とその後の護岸工事によって大きく環境が変わった場所でした。
こうした干潟の上部、いわゆる潮間帯と呼ばれる領域は、クダリボウズギスのような希少種をはじめ、多様な生物たちの生息地として知られていますが、同時に人間活動の影響を受けやすい場所でもあります。
一度埋め立てやコンクリート護岸が行われれば、地中に広がる繊細な生態系は二度と元に戻らないかもしれません。
今回の発見は、そうした危機に瀕した自然環境の中に、まだ人知れず生き続ける命があるという重要なメッセージでもあるのです。
参考文献
干潟の地中から美しい希少魚を「発掘」~地中で子育てする奇妙な生態~
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-06-09-1
元論文
First report of a genus Gymnapogon utilizing subterranean chambers in the upper intertidal zone of an estuary for shelter and reproduction in Shizugawa Bay, Miyagi Prefecture, Japan
https://doi.org/10.3800/pbr.20.107
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部