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そしてチームが赤土を分析したところ、これは指先の指紋であることがわかったのです。
年代測定によると、この指紋は約4万3000年前につけられたものであり、現時点で世界最古の指紋の証拠となっています。
さらに詳細な画像分析から、この指紋をつけた人物は成人男性のネアンデルタール人である可能性が極めて高いと結論づけられました。
実際にこの地域はネアンデルタール人が暮らしていたことで知られ、他方でホモ・サピエンスの証拠は検出されていません。
こうした点からも、指紋を残したのはネアンデルタール人と見て間違いないようです。
加えて、赤土の指紋は偶然に付着したものではなく、指先で意図的に塗布されたものであることが化学分析から明らかになっています。
酸化鉄系の赤土が指の腹によって均一な力で押し付けられていることが示され、この人物が意図して指紋を残したことが窺えるのです。
では、ネアンデルタール人はこの石に何を見ていたのでしょうか?
先ほども言及したように、石の表面を見た研究者たちは、3つのくぼみの配置と中央の赤い点が「人の顔のように見える」ことに気づきました。
左右対称の小さなくぼみは「目」、下に位置する大きめのくぼみは「口」、そしてその中央に置かれた赤い指紋は「鼻」。
まるで顔の構成要素がそろったかのように見えるのです。
データ解析により、この構成が偶然である確率はわずか0.31%とされ、非常に低いものと判定されました。
さらに距離関係を解析すると、くぼみと赤点はほぼ二等辺三角形を形成しており、幾何学的にバランスの取れた構図となっています。
このような幾何的・視覚的配置が偶然に形成されるとは考えにくく、研究者たちはこれを「意図的な構成=視覚的シンボル」と見なすに至ったのです。
ここで注目されるのが「パレイドリア」という現象です。
これは雲の形に顔を見たり、電源タップの穴が笑っているように見えたりする、人間の脳が“意味あるパターン”を認識しようとする認知現象のことを指します。
研究者たちは、このネアンデルタール人も私たちと同じように、岩のくぼみに“顔らしきもの”を見て、それを強調するように赤い点(=鼻)を加えたのではないかと推測しています。
もしそれが事実なら、この石は人類史上最古の「顔の抽象表現」であり、芸術の始まりの一歩とも言えるのです。
ネアンデルタール人は約4万年前に絶滅し、地球上から姿を消してしまいましたが、彼らにはすでに高度な認知能力と芸術の心が備わっていたのかもしれません。
参考文献
A red dot, a 43,000 year old fingerprint, and a stone out of place—potential evidence of Neanderthal pareidolia
https://phys.org/news/2025-05-red-dot-year-fingerprint-stone.html
43,000-year-old human fingerprint is world’s oldest — and made by a Neanderthal
https://www.livescience.com/archaeology/43-000-year-old-human-fingerprint-is-worlds-oldest-and-made-by-a-neanderthal
元論文
More than a fingerprint on a pebble: A pigment-marked object from San Lázaro rock-shelter in the context of Neanderthal symbolic behavior
https://doi.org/10.1007/s12520-025-02243-1
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部