アメリカのインディアナ大学(IU)で行われた研究によって、私たちが日常的に飲む鎮痛剤アセトアミノフェン(カロナールあるいはタイレノールとして知られる)について、長年信じられてきた作用仮説を覆す研究結果が報告されました。

従来は「脳内の鎮痛成分(エンドカンナビノイド)を増やして痛みを和らげる」と考えられていたアセトアミノフェンですが、実は別の鎮痛成分(2-AG)の産生を抑えることで痛みの回路をブロックしている可能性が浮上したのです。

鎮痛成分だと思われていたものを抑えると痛みがなくなるというのは、一見して不合理に思えますが、それゆえに大発見と言えるのです。

50年近く支持されてきた定説に反するこの発見は、痛み止めのメカニズムに対する理解を刷新し、より安全で効果的な鎮痛薬開発への道を拓くかもしれません。

研究内容の詳細は2025年5月16日に『Cell Reports Medicine』にて発表されました。

目次

  • 【研究背景】安全神話の裏でくすぶる『なぜ効くか』問題
  • 【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見
  • 鎮痛薬デザインは第2章へ

【研究背景】安全神話の裏でくすぶる『なぜ効くか』問題

【研究背景】安全神話の裏でくすぶる『なぜ効くか』問題 / Credit:Canva

今回は鎮痛の仕組みを扱うことから、非常に多くの物質名や複雑な細胞の仕組みが出てきます。

そこでまずは、生物学や薬学が苦手な人向けに、ざっくり解説した版を作成することにしました。

ざっくり解説版を読むだけで大方の把握はできますが、さらに詳しい解説が欲しい人は続く本解説に進んでください。

研究の背景の「ざっくり解説版」

アセトアミノフェンは、19世紀末に誕生して以来、世界中で「当たり前の痛み止め」として使われてきました。

ところが、その仕組みは驚くほど謎に包まれていたのです。

これまでは、「脳内で作られる“快楽物質”や“麻薬のような物質”を増やして痛みを和らげる」という説が有力でした。

しかし最近、「アセトアミノフェンは脳内の“別バージョンの鎮痛物質”をわざと減らすことで痛みを抑えているかもしれない」という新しい考えが注目を集めています。

問題の“別バージョンの鎮痛物質”とは、2-AGと呼ばれる成分です。

鎮痛物質を減らして痛みが減るというと奇妙に聞こえるかもしれませんが、実は脳にはさまざまな回路があり、ある回路では2-AGが増えると逆に痛みが強まる可能性があるのです。

これは脳の仕組みが“単純に快楽物質を増やせば痛みは減る”とは限らない、ということを示唆しています。

たとえば、ある回路では2-AGが「痛みをやわらげるブレーキ」をさらにブレーキするような働きをしてしまい、結果として痛み信号が増幅される、という二重のしくみが起こり得るのです。

そこでアセトアミノフェンは、2-AGを作る“工場”を抑えてその量を減らすことで、こうした逆効果の回路を静かにさせている可能性があります。

つまり、「必要以上に働きすぎるブレーキをブロックすることで、痛みの伝わりすぎを防ぐ」というイメージです。

この点が、従来説の「快楽物質を増やして“受け取り手”を刺激する」とは真逆の発想で、学界からも初めは懐疑的な声が上がったといいます。

そこで今回は別バージョンの鎮痛物質「2-AG」を減らすことが本当にアセトアミノフェンの鎮痛の仕組みかを確かめることにしました。

研究背景の本解説

アセトアミノフェンは19世紀末に初めて合成され、1950年代からタイレノールの名で世界中に広まり、現在では最も一般的な鎮痛・解熱薬の一つとして知られています。

比較的安全とされ市販薬にも多用されている一方、過剰摂取による肝障害が原因で毎年アメリカで約500人もの死亡者を出し、世界的にも急性肝不全の主要な要因となっています。

それほど多くの人が日常的に使っているにもかかわらず、その正確な鎮痛メカニズムは「いまだによく分かっていない」とされてきました。

従来提案されてきた仮説としては、中枢でのシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害やセロトニン経路の関与などが挙げられますが、とりわけ「エンドカンナビノイド系が関わっているのではないか」という説が注目されてきました。

エンドカンナビノイドとは、体内で作られる内因性のカンナビス様物質の総称で、CB1受容体に結合して痛みを抑制すると考えられています。

実際、アセトアミノフェンがカンナビノイド受容体を欠損したマウスでは鎮痛効果を示さないとの実験結果もあり、「アセトアミノフェンはエンドカンナビノイド量を増やし、CB1受容体を活性化することで鎮痛をもたらす」という説が有力でした。

特に、アセトアミノフェンから生成される代謝物AM404がエンドカンナビノイドであるアナンダミドを脳内で増やすことで鎮痛が起こるという仮説は広く支持されてきました。

しかしこの仮説には、AM404が脳内で十分量生成されるかどうかなど、不確かな点も多く指摘されています。

さらにアナンダミドを分解するFAAH(脂肪酸アミドヒドロラーゼ)を欠損させたマウスでもアセトアミノフェンの鎮痛効果が部分的に見られるケースがあり、これだけでは説明しきれない仕組みがある可能性が高まっていました。

そこでインディアナ大学の研究チーム(ミカエラ・ドボラコバ博士ら)は、アセトアミノフェンともう一つの主要エンドカンナビノイド2-AGの関係に注目し、その作用機序を根本から再検討する研究を実施しました。

2-AGは脳内で非常に豊富に存在し、CB1受容体を活性化する役割を担う一方、これを合成する酵素DAGLαが欠損したマウスでは痛みの感受性が低い(鎮痛状態にある)という報告もありました。

もし「エンドカンナビノイドを増やす」のではなく「2-AGを減らす」ことで痛みを抑える回路が存在するなら、アセトアミノフェンの謎を解き明かすカギになるかもしれない――研究チームはその仮説を実験的に検証したのです。

【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見

【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見 / 図は、左上にアセトアミノフェンが脳内や培養細胞でどのように 2-AG の合成を抑え、その結果として痛みを和らげるのかを示しています。/Credit:Cell Reports Medicine

実験と結果のざっくり解説版

まず、研究者たちは培養細胞を使って「この薬が“別バージョンの鎮痛物質”(2-AG)を作る“工場”をどの程度止めるのか」を調べました。

具体的には、細胞の中で2-AGを増やす仕組みをわざと働かせ、そこにアセトアミノフェンを加えて、2-AGがどれだけ減るかを測定したのです。

その結果、アセトアミノフェンが“工場”のスイッチをしっかり切っていることが確認され、「やっぱり脳内の“麻薬のような物質”を増やすわけじゃなく、むしろ減らしているのでは?」という仮説に一歩近づきました。

さらに次のステップとして、マウスを使った実験が行われました。マウスの足裏を温める装置に乗せ、痛みにどれくらい耐えられるかを見るテストです。

もしアセトアミノフェンが2-AGを減らして痛みを抑えるなら、正常なマウスには鎮痛効果が出るはずで、反対に“受け取り手”が働かないマウス(遺伝子を欠損させてある)には効かないはず……というわけです。

そして結果はまさにその通り。「受け取り手」を持っている普通のマウスには効果抜群でしたが、「受け取り手」が欠損しているマウスには効きませんでした。

これは「アセトアミノフェンが“受け取り手”と2-AGの関係を利用して痛みを止めている」ことを示す有力な証拠となったのです。

さらには、アセトアミノフェンと同じように“別バージョンの鎮痛物質”を減らす薬を投与してみたところ、アセトアミノフェンとほぼ同じように痛みを和らげた、という決定的なデータも得られました。

要するに、「2-AGを減らすだけで、ちゃんと痛みが軽減する」ということが明確になったわけです。

こうして細胞実験とマウス実験で得られた複数の証拠がそろい、「アセトアミノフェンが実は“別バージョンの鎮痛物質”を減らして痛みを止めている」という新たなシナリオが信ぴょう性を増しました。

まさに、従来の「快楽物質を増やせば痛みが減る」という考え方の真逆を行く結果であり、当初は研究者たちも「本当か?」と疑ったそうですが、実データによって裏付けられたことで学会でも大いに注目を集めています。

実験と結果の本解説

インディアナ大学のドボラコバ博士らはまず、培養細胞を使ってアセトアミノフェンがエンドカンナビノイド産生酵素DAGLαに及ぼす直接作用を調べました。

具体的には、HEK293細胞にDAGLαを過剰発現させ、受容体(M3受容体など)を刺激して2-AG生成を誘導するモデルを用い、そこにアセトアミノフェンを加えるとどうなるかを観察したのです。

その結果、アセトアミノフェンがDAGLαの働きを阻害し、2-AGの生成を大幅に抑制することが明らかになりました。

つまり、この薬は2-AGを作る“蛇口”を閉めるような形で、結果的にCB1受容体への刺激を減らし、痛み信号を抑制している可能性が示唆されたのです。

従来の常識からすれば「内因性カンナビノイドを減らしてどうやって痛みを抑えるのか?」という逆転の発想ですが、まずは細胞レベルでそのメカニズムの一端が裏付けられた形です。

次に研究チームは、このメカニズムが実際に生体の鎮痛効果につながるかをマウス実験で検証しました。

マウスの足裏を加熱板に乗せ、痛みを感じて足を引っ込めるまでの時間(痛み閾値)の変化を見る方法です。

正常なマウスではアセトアミノフェン投与後、痛み閾値が有意に延長し(痛みを感じにくくなる)鎮痛効果が確認されました。

しかし、カンナビノイドCB1受容体を欠損したマウスではこの鎮痛効果が見られず、CB1受容体がアセトアミノフェンの作用に必須であることを示す重要な結果となりました。

さらに決定的だったのは、アセトアミノフェンと同様にDAGLα酵素を阻害する化合物を投与した場合にもマウスの痛み閾値が上昇し、鎮痛が生じた点です。

研究チームが使ったDAGLα阻害剤RHC-80267は、アセトアミノフェンとほぼ同程度の鎮痛効果を示しました。

言い換えれば、「2-AGを減らす」という操作そのものが痛みを和らげる可能性を示したのです。

ドボラコバ博士は「私たちは長く、エンドカンナビノイドが増えれば痛みは減ると考えてきましたが、2-AGに関してはその逆であるケースがあると分かりました。

実際に2-AGレベルを低下させると痛みが減ったのです」と述べています。

このように、細胞レベルから動物実験まで複数のアプローチを通じて、アセトアミノフェンが「2-AGを抑えることでCB1受容体への過剰な刺激をブロックし、鎮痛をもたらす」という新しい可能性が浮上しました。

従来説の「エンドカンナビノイドを増やしてCB1受容体を活性化する」モデルとは真逆のメカニズムです。

研究チーム自身も当初は学界から懐疑的な声があったといいます。

研究責任者のアレックス・ストライカー博士は「50年もの研究が『CB1受容体を活性化すれば痛みは和らぐ』と示してきたこともあり、これまでの定説を覆すのは容易ではありませんでした」と語っています。

鎮痛薬デザインは第2章へ

今回の研究により、以前は「脳の“受け取り手”をガンガン刺激して、痛みよりも快感を優位にする」と考えられていましたが、実際には「場所によっては、むしろ“受け取り手”の過剰な働きが痛みを増幅する」という回路が存在し、それを2-AGが後押ししてしまうケースがあるかもしれないことが示唆されました。

脳内のメカニズムは単純に「快楽物質を増やせばOK」ではなく、必要な部分では抑えることも重要になり得るわけです。

(※実際、本研究が明らかにした回路では、CB1受容体の過剰な活動がむしろ痛みを増幅させており、アセトアミノフェンはそのブレーキ役として働く可能性が高いのです。)

長年「なんだかよくわからないけど効く薬」とされていたアセトアミノフェンに、新たなメカニズムが見つかったことで、将来的に「肝障害などの副作用を抑えつつ、同じ回路をターゲットにできる新しい痛み止め」を開発できるかもしれません。

その一方で、痛みにはいろいろな種類がある(慢性の痛み、炎症による痛み、神経痛など)ので、「どの痛みに効くのか」や「他の薬も同じ仕組みを持っているのか」は、まだまだ詳しく調べる必要があります。

とはいえ、本研究は「脳には複数の回路があり、一見鎮痛物質と思われているものでも逆に痛みを増やすことがある」という重要な事実を突き止めた大きな一歩だといえます。

ストライカー博士は「ターゲットが分かれば薬の設計が進められる」と述べています。

実際、今回の研究から、DAGLα(2-AG合成酵素)が鎮痛の有望な標的であることが示されました。

もしこの酵素だけを選択的に阻害できれば、アセトアミノフェンが抱えてきた肝毒性などの副作用を低減しつつ、痛みを抑える薬の開発も見込まれます。

さらに興味深いのは、このメカニズムがアセトアミノフェン以外の鎮痛薬にも関係する可能性です。

研究チームは今後、イブプロフェンやアスピリンなどの一般的な鎮痛薬にも類似の作用があるかどうかを調べる予定だといいます。

もし意外な共通点が見つかれば、痛み止めの「常識」はさらに書き換わるかもしれません。

もっとも、痛みは種類が多岐にわたり、それぞれ異なるメカニズムが作用していることも事実です。

今回の研究は急性の熱痛に着目しましたが、慢性痛や炎症性の痛みなどでは別の経路が重要となることも考えられます。

それでも本研究が示した発見は、痛み研究のパズルを埋める一つの重要なピースと言えそうです。

ストライカー博士らは「この成果がエンドカンナビノイドをめぐる鎮痛研究を加速させるだろう」と期待を寄せています。

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元論文

Acetaminophen inhibits diacylglycerol lipase synthesis of 2-arachidonoyl glycerol: Implications for nociception
https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2025.102139

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 アセトアミノフェンの作用機序に関する何十年にもわたる仮説を覆した