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このような特異な生態のため、ウミクワガタは生態学的に非常に興味深い存在とされながらも、その小ささと隠れた生活のために研究が進みにくい種でもありました。
そんな状況の中、研究チームは1995年から2023年にかけて、実に30年近くに及ぶ地道な調査を継続。
調査船やスキューバダイビング、地元漁師からの協力を得て魚体から幼生を採集し、研究室で成体になるまで育てるなど、多様な手法を駆使して種の同定を進めました。
その結果、これまで名前のついていなかった5種が新種として記載され、さらにその他にも日本で初めて確認された種や、100年ぶりに姿を現した種の存在が明らかになったのです。
今回見つかった新種の中で、特に興味深いのが「リュウキュウイソウミクワガタ(Gnathia hayashiae)」です。
宮古島や沖縄本島の浅い海の岩場で多く見つかる種で、個体数が多く、今後の生態学的研究における「モデル種」としての活躍が期待されています。
すでにこの種に関しては寄生様式や宿主選好に関する先行研究もあり、さらなる研究の加速が見込まれています。
一方、「フシメウミクワガタ(Caecognathia inferoculus)」は、複眼の向きが下方にあり、背中側から目が見えないという奇妙な特徴を持つ種で、分類学的にも非常にユニークな存在です。
また、「タジリウミクワガタ(Gnathia tajirana)」は、沖縄から鳥取に至る広範囲で見つかり、キジハタといった水産価値の高い魚から幼生が確認されました。
こうした種は水産業との関わりという新たな観点からも注目されています。
実際、ウミクワガタの仲間には寄生密度が高くなると魚類の死を招くことが報告されており、養殖現場での管理や疾病対策にも貢献できる可能性があります。
さらに今回の研究では、1926年に報告されたものの長く確認されていなかった「ヨコナガウミクワガタ(Gnathia consobrina)」の再発見も大きな成果のひとつです。
再び姿を現したこの種は、分類の空白を埋める貴重な存在として、今後の比較研究にも大きく寄与するでしょう。
これらの成果を受け、チームは世界で知られる12属のウミクワガタ類を対象にした検索表(種を同定するための一覧)を整備し、今後の分類学的研究の促進を図っています。
海の底、岩のすき間、魚の表皮――人目につきにくい場所でひっそりと生きるウミクワガタたち。
しかし、その小さな体の中には、進化の謎、寄生の戦略、生態系とのつながり、そして人間社会との意外な接点までが詰まっているのです。
参考文献
西日本にて海産等脚目甲殻類「ウミクワガタ」の5新種と1日本初記録種、1再発見種を発見
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-05-27
元論文
Review of the Gnathiidae (Crustacea: Isopoda) of western Japan with a description of five new species, one redescription, and one new Japanese record
https://doi.org/10.5343/bms.2024.0086
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部