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この「リクルート段階」は、これまでの違法性風俗業の対策ではあまり注目されてきませんでした。
従来の対策は、性的サービスが行われている都市部での摘発や、被害者の救出といった“問題が起きた後”の対応が中心です。
しかし、そもそもどうやってその人が違法店にたどり着いたのか? どこで、どのようにしてリクルートされたのか? この部分の実態は、ほとんど明らかにされていなかったのです。
そこで、ペンシルベニア大学の研究チームは、「違法風俗店のキャストの供給源はどこにあるのか?」という疑問を出発点に、AI(人工知能)を使ってネット上に無数に存在する性的サービス関連の広告投稿を分析。
その中から、実際の違法店と結びついた“リクルート広告”の特徴やパターンを見抜こうとしたのです。
研究チームはまず、アメリカ国内の性的サービス関連ウェブサイトに掲載された約1,350万件の投稿を収集しました。その中には、顧客向けにサービスの提供を宣伝する広告もあれば、働き手を募集するような投稿も含まれていました。
次に研究チームは、投稿の内容をAIに分析させるため、機械学習による分類モデルを構築しました。
このモデルは、投稿に含まれる語彙や言い回し、価格帯、掲載時間帯などの特徴をもとに、それぞれの投稿が「サービス提供を顧客に案内する広告(サービス広告)」なのか、「働き手を募る意図をもつ広告(リクルート広告)」なのかを自動的に判別するよう設計されました。
さらに、各投稿に記載された電話番号やメールアドレスなどの連絡先情報をもとに、同じ連絡先が使われた複数の広告同士のつながりを追跡してみたのです。
その結果、地方都市で掲載された求人広告と、数日後に都市部で投稿された性的サービス提供広告が、同じ連絡先を共有しているケースが数多く発見されたのです。
今回の研究が発見したのは、同じ連絡先が全く異なる地域で全然違う使い方をされているという事実でした。
たとえば、ある週の初めにテネシー州の街で「モデル募集」という求人広告が掲載された後、ニューヨークなどの大都市で「エスコートサービスをご案内します」(米国におけるデリヘルのようなサービス)などの広告掲載が、同じ電話番号を使っているといったパターンが頻繁に見つかったのです。
これらの求人広告には、「モデル募集」「高収入」など性的サービスとは明示せず、好条件の求人を装ったものが多く、内容だけを見ると健全な職業の募集にも見えました。
しかし、都市部でのサービス広告は明確に性的サービスを前提としており、両者が同じ連絡先で結ばれているという事実は、これらが偽装された求人であり、また連絡先を使いまわしている点からも違法性の高い業種である可能性を示しています。
研究チームはこの構造を違法な性風俗サービスの人身売買供給ネットワークの一部である可能性が高いと指摘しています。
特に地方で求人を出した、数日後に、都市部で顧客向けの性的サービスの広告が出るという時系列が見られたため、研修チームはこれは単なる偶然ではなく、求人に応募した人物が都市部で性的サービスの売りに出されるという流れを示したものである可能性が高いと述べています。
こうしたつながりを人力で発見することは極めて困難ですが、AIの分析を用いると、こうした違法サービスの提供組織がどこで人を募り、どこへ移動させ、どのように使っているかという、これまで見えなかった「人身売買の地図」を浮かび上がらせることが出来ます。
この分析によると、広告全体の10%未満の連絡先が、都市間の“リクルートと提供”を結ぶ移動パターンの85%以上を担っていることが明らかになりました。つまり、少数の組織的なネットワークが、広範囲にわたって人材を勧誘し、都市へと“供給”していたのです。
今回の研究が画期的だったのは、こうした従来の方法ではほとんど見えなかった「騙して集め、都市で搾取する」組織的なネットワーク構造の一部が可視化できたという点です。
人身売買というと、遠い国や特殊な犯罪組織の話のように思えるかもしれません。
しかし、この研究が示したのは、その始まりが意外にも日常的な場所にあるという事実です。
きっかけは、ごく普通に見える「仕事の募集広告」でした。性的なサービスを明言しない、あいまいで都合のよい表現、それが、本人の知らないうちに性的被害へと導く入り口になることがあります。
研究チームは、電話番号というシンプルな情報に注目し、広告の出された場所と時間、文面の傾向をAIに分析させることで、働き手を募る広告と、違法性のある性的サービスを提供する広告が、実は裏でつながっている構造を初めて明らかにしました。
今回の研究は、そうしたシンプルな方法によって問題が表面化する前に組織的な犯罪を察知して対策を打てる可能性を示しています。
こうした手法は、日本社会にとっても無関係ではありません。近年よくニュースでも問題になるSNSで犯罪メンバーの勧誘を行う「闇バイト」や、「JKビジネス」などの組織的売春は、高収入・簡単な短期バイトなど一見無害な募集広告に応募してきた人を、実際には違法行為に従事させるというやり方で実現されています。
こうした募集では、本人の“自由意思”のように見せかけながら、実際には情報を与えず、選択肢もないままに誘導し、抜け出せない状態へ応募者を追い込んでいきます。それがどれほど深刻な被害につながるかを、私たちはもっと早い段階から見抜けるようにならなければなりません。
今回の研究は、あくまでアメリカ国内の違法な性サービス業について調査したものですが、研究者はこの仕組みで、国際的な組織ネットワークも明らかにできる可能性があると指摘しています。
研究が進めば、日本における似たような犯罪に対しても、適用できるようになるかもしれません。
しかし、まずは危険な犯罪に巻き込まれる入口が、気軽な募集広告の中に紛れているという事実を理解し、私たち一人ひとりが警戒することが大切でしょう。
参考文献
Unmasking human trafficking: New AI research reveals hidden recruitment networks
https://www.eurekalert.org/news-releases/1085034
元論文
Unmasking Human Trafficking Risk in Commercial Sex Supply Chains with Machine Learning
https://doi.org/10.1287/msom.2022.0304
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部