時間結晶(タイムクリスタル)は、まるでSFに登場する架空の物質のように聞こえます。

しかしイギリスのコベントリー大学(Coventry University)で行われた研究によって、この「時間軸方向の結晶」が将来のエネルギー貯蔵技術に新たな道を拓く可能性が示されました。

研究では時間結晶を利用した量子電池のコンセプトを提案し、時間結晶が持つ“時間方向の量子状態のリズム”を活かすことで、高効率にエネルギーを蓄えられる可能性が理論的に示されました。

これはある意味では、空間だけでなく時間の中にエネルギーを蓄えるようなユニークな仕組みで、高効率なエネルギー貯蔵が理論的に可能であることを明らかにしたのです。

研究内容の詳細は『arXiv』にて発表されました。

目次

  • 時間結晶×量子電池
  • 時を刻む結晶がエネルギーを抱え込む
  • “振動するほど貯まる”──結合時間結晶モデルの衝撃

時間結晶×量子電池

時間結晶×量子電池 / Credit:clip studio . 川勝康弘

時間結晶とは何でしょうか?

私たちがよく知るダイヤモンドや石英(水晶)などの結晶は、原子が空間的に規則正しく並んだ構造を持ちます。

一方、時間結晶では空間ではなく時間の中で系の状態が繰り返されるのです。

例えば時間結晶では、ある物質の状態が一定の時間間隔で周期的に変化し続け、決して静止した安定状態(熱平衡)に落ち着きません。

「時間結晶とは、系が空間ではなく時間において周期的に自らを繰り返す物質の相です」とフェデリコ・カロロ准教授(英コベントリー大学)は説明します。

外部からエネルギーを与え続ける限り、時間結晶の状態は持続的に振動し続けるという特異な性質を持ちます。

時間結晶は2012年にノーベル賞物理学者フランク・ウィルチェックによって概念が提唱され、近年になって実験的にも実現されつつある新しい物質相です。

その独特の振る舞いから、時間結晶は量子コンピュータの安定化や高精度センサーへの応用など、様々な分野で注目されています。

特に近年では、時間結晶を量子電池に応用できないかというアイデアが研究者の関心を集めています。

量子電池とは量子力学の原理を利用してエネルギーを蓄え・取り出す次世代電池の概念で、従来の電池よりも高速かつ効率的に充放電できる可能性を秘めています。

東京大学が「因果を打ち破って充電」する量子電池を発表

しかし時間結晶を本当にこうした技術に役立てるには、まずその熱力学的性質、すなわちエネルギーの流れや出入りを理解する必要があります。

カロロ准教授は「この技術を活用するために必要な資源とその効率を定量的に把握することが重要です。熱力学を使えば、時間結晶相を維持するために必要なエネルギーや放出される熱量を理解できます」と述べています。

どの程度のエネルギーで時間結晶を維持でき、その過程でどれだけエネルギー損失が生じるのか――そうした情報が得られれば、時間結晶の実用化が本当に現実的で効率的かどうか見極める手助けとなるのです。

以上の背景から、カロロ准教授をはじめとする研究チームは、時間結晶の熱力学的挙動を詳しく調べることにしました。

その際に着目したのが、2つの時間結晶を結合させたシステムです。

当初、研究チームは結合した時間結晶を用いて量子エンジン(量子熱機関)を構成することを想定していましたが、解析を進めるうちに、このモデルはむしろ量子電池の動作を記述するのに適していることが判明しました。

本研究はカロロ准教授が率いる国際共同プロジェクトであり、筆頭著者のパウロ・J・パウリーノ氏(ドイツ・テュービンゲン大学)を含む複数の大学の研究者が参加しています。

彼らは理論モデルと数理的手法を駆使して、「結合時間結晶」がエネルギー貯蔵にどう役立つか、その可能性を探ったのです。

時を刻む結晶がエネルギーを抱え込む

時を刻む結晶がエネルギーを抱え込む / Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームが描いたイメージは、「止まらない振り子」を二つ用意し、それらを結び付けるというものでした。

ここで言う「振り子」とは、実は量子の世界での“時間結晶”という特別な状態を持つ集団のことです。

通常、物理系はエネルギーを与えつづけてもいずれ落ち着いてしまう(安定状態に落ちる)のですが、時間結晶は外から“手拍子”のようにレーザーで常に駆動してやると、いつまでも振動(揺れ)を保ち続けるのです。

そこで研究者たちは“止まらない振り子”が二つをつなげて、振動自体を“エネルギーをしまうポケット”にできないかと考えました。

通常の電池は、「プラス極とマイナス極のあいだにある電位差」という“空間的な構造”を使ってエネルギー(電子の位置)を貯めています。

一方、時間結晶電池では、いわば「時間のなかで変化する量子的リズム」がエネルギーをためる役割を果たします。

ここは少し抽象的で難しいのですが、研究で「振動している」と表現されるものは実は量子そのものではなく量子の状態になります。

時間結晶と呼ばれる系では、見た目で“物体が物理的に揺れ動く”わけではなく量子を特徴付ける物理的性質(スピンの向きや超伝導状態などの量子状態)が周期的に変化するのです。

物理的に何かが動いていなくても、量子力学的な観測量(内部自由度)が周期的に変動し続けているわけです。

そのため時間結晶は空間的に何かをためることなく「時間的に変動する量子状態のリズムそのもの」にエネルギーが乗り続け、そこから必要に応じてエネルギーを取り出すイメージになります。

市販の化学電池のように電子が内部を動くのではなく、量子そのものにある時間的リズム変動の中にエネルギーを閉じ込めているとも言えます。

実際の調査にあたっては、理論シミュレーションを行い、二種類の充電パターンを試しました。

1つは両方の時間結晶に同時にレーザーを当てる(=両方の振り子に定期的に力を加える)場合、そしてもう1つは片方だけにレーザーを当てると、そこからもう一方へとエネルギーやリズムが“伝染”し、二つ目の振り子も後から振動を始める場合です。

するといずれのケースでも、結合された時間結晶が「止まらない振り子」として協調して動くと、静止した状態(振動なしの落ち着いた状態)よりも多くのエネルギーを蓄えられ、効率も高いことがわかったのです。

とくにおもしろいのは“感染充電”のケースで、あとから振動し始めた方が、より長く振幅(=蓄えられたエネルギー量)を保てるという結果になりました。つまり、一度振動リズムを獲得した結晶は、自分の揺れを維持しやすく、エネルギーを熱などに奪われにくくなるというのです。

「どうしてそんな都合のいいことが起きるのか?」――ここには時間結晶の不思議な特徴がかかわっています。

時間結晶の振動は、周囲のノイズにさらされてもリズムを崩しにくい(位相が乱されにくい)という性質があります。

ちょうど、トップ(コマ)が回り続けているときに重心が安定するように、振動自体が“バランスを保つ”働きをするのです。

このおかげで、エネルギーが外に逃げにくい状態をキープできます。

つまり、外から与えられるエネルギーが振動にうまく貯め込まれ、振動が止まらないかぎりそのエネルギーは「時間上の振幅」として保持される――これが“時間の中にエネルギーを蓄えている”ように見える理由です。

本研究を率いるフェデリコ・カロロ准教授は、この状態を「二つの結晶が共鳴すると、振動がエネルギーを抱え込む“量子ハンモック”になる」と表現しています。

ハンモックの揺れに身をあずけるように、二つの時間結晶が振動を続けながらエネルギーを保つ――それが量子電池の中核になり得るのです。

これは化学反応やイオン移動を利用している従来の電池とはまったく異なるメカニズムで、「時間の振動」を丸ごと蓄電に使う――この斬新な発想が「時間結晶電池」の最大の革新性です。

まだ理論段階ではありますが、「ただ二つの振り子(時間結晶)を結合してやるだけで、長くエネルギーを保てる」という結果は私たちのエネルギー利用の常識を覆す可能性があります。

実際、カロロ准教授らはこのモデルにおいて、時間結晶状態でエネルギーを供給すると量子電池としての性能が飛躍的に高まることを示しました。

カロロ准教授は「量子電池は、例えばナノスケールのデバイスにエネルギーを送り込む用途などが考えられます。古典的な電池よりも高性能を発揮する可能性を秘めています」と述べています。

今回の成果は、時間結晶という全く新しい物質相がその高性能電池の鍵となり得ることを示した点で、非常に興味深いと言えるでしょう。

“振動するほど貯まる”──結合時間結晶モデルの衝撃

“振動するほど貯まる”──結合時間結晶モデルの衝撃 / Credit:Canva

理論モデル上とはいえ、時間結晶を用いることでエネルギー貯蔵能力が向上することが示されたのは、量子電池研究における大きな一歩です。

もしこの時間結晶量子電池が将来実現すれば、エネルギー貯蔵の在り方が一変する可能性があります。

例えば、次のような分野で恩恵が期待できるでしょう。

再生可能エネルギーの蓄電: 太陽光や風力発電の余剰エネルギーをより効率的に貯め、必要に応じて迅速に放出。

量子コンピューティング: 大規模量子コンピュータを駆動する電源として、超高速で充電可能な電池を提供。

医療デバイス: 体内に埋め込むセンサーやナノマシンに長寿命の電力供給源を実現し、メンテナンスや交換の頻度を低減。

もっとも、こうした夢の技術を実用化するまでには課題も山積しています。

今回示された高性能はあくまで理論上のものであり、実験的な検証や実際のデバイスへの応用には今後さらなる研究が必要です。

カロロ准教授も、量子電池実現には研究分野を超えた協力が不可欠だと強調します。

「次のステップとして産業界とも、理論家や実験家とも話し合っていきたい」と彼は展望を語ります。

時間結晶はまだ歴史の浅い新概念ですが、その可能性に世界中の科学者が注目しています。

今回の研究は、エネルギーを時空間で貯めるという斬新な発想が決して空想ではなく、実現可能な現象であることを示しました。

今後研究がさらに進めば、私たちの目の前に“時間の中にエネルギーを蓄える”新種の電池が登場する日が来るかもしれません。

全ての画像を見る

元論文

Thermodynamics of coupled time crystals with an application to energy storage
https://doi.org/10.48550/arXiv.2411.04836

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 時間結晶は量子電池になる――エネルギーを時空間で貯める新発想