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しかし異なる時期に深海に進出したにもかかわらず、水深3000メートル以深に生息するすべての魚たちには、同じ遺伝子の突然変異が起こっていたのです。
それは「Rtf1」という遺伝子でした。
Rtf1は遺伝子の設計図(DNA)を正しく読み取って、必要なタンパク質を作るために重要な役割を持つタンパク質です。
特に、DNAの情報をRNAに写し取る(=転写)と、転写の過程をスムーズに進めるためのサポート役となっています。
ところがマリアナ海溝のような環境では、極端に高い水圧や低すぎる水温、完全な暗闇といった過酷さから、DNAの読み取りや転写がうまく機能しない可能性があります。
そこで水深3000メートル以深に棲む深海魚たちは、Rtf1遺伝子を突然変異させて機能を高めることで、過酷な深海環境でもDNAの読み取りや転写を維持できているのだと考えられます。
また研究者らは、Rtf1の突然変異が深海魚の系統で独立して少なくとも9回起こっていたと述べました。
つまり、これらの魚たちは共通の祖先を持つからではなく、同じ深海環境という圧力の下で、それぞれ別々に同じ突然変異を獲得したことになります。
このように、別々の生物で同じ形質が進化することを「収斂進化」と呼びます。
一方でチームは、遺伝子の突然変異とは別に、深海世界にも人間の魔の手が伸びている証拠を発見しました。
チームは今回、マリアナ海溝とフィリピン海溝で人間由来の汚染物質を発見しました。
具体的には、深海に棲むカサゴ目の魚類の肝臓組織から、かつて電気機器や家電製品に使われ、1970年代に禁止された有害化学物質「ポリ塩化ビフェニル(PCB)」が検出されたのです。
さらに、消費者製品にかつて使用されていた難燃剤「ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)」とPCBが、高濃度でマリアナ海溝の水深1万メートルを超える堆積物コアから検出されました。
PBDEは2000年代初頭に使用が減少しましたが、その痕跡は海に沈んで、深海に蓄積していたようです。
以前の研究でも、マリアナ海溝における化学汚染物質や深海におけるマイクロプラスチックの存在が報告されていました。
今回の新たな発見は、私たち人類の活動が、遠く離れたこの極限環境にまで及んでいることをさらに明らかにしています。
参考文献
The Mariana Trench is home to some weird deep sea fish, and they all have the same, unique mutations
https://www.livescience.com/animals/fish/the-mariana-trench-is-home-to-some-weird-deep-sea-fish-and-they-all-have-the-same-unique-mutations
元論文
Evolution and genetic adaptation of fishes to the deep sea
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.01.002
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部