「子供の頃から落ち着きがなく、大人になっても集中力が続かない……」

そんな悩みを抱え、医師から「ADHD(注意欠如・多動症)」と診断される人は少なくありません。

近年は子供だけでなく、大人のADHD(いわゆる大人の発達障害)も広く認知されるようになりました。

そしてADHDの症状を和らげるための薬も存在します。

しかし実際には、「薬を飲んでも全然効かない……」という人が一定数存在します。

なぜADHD治療薬が効く人もいればそうでない人もいるのでしょうか。

その謎を解くヒントが、アメリカ・メリーランド大学医学部(UMSOM)の研究チームによって発表されました。

彼らは、脳内のドーパミン受容体の違いが薬の効き方に影響していることを明らかにしています。

研究の詳細は、2025年3月24日付の『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に掲載されました。

目次

  • ADHDの治療薬とは?どう効くの?
  • ADHD薬が効くかどうかは”受容体のバランス”次第だった!

ADHDの治療薬とは?どう効くの?

ADHDは「注意欠如・多動症」と呼ばれ、主に次の3つの症状が見られます。

「注意力が続かない」「衝動的に行動してしまう」「落ち着きがない」といった傾向です。

これらは性格の問題ではなく、脳の神経伝達の働きに由来する「特性」であることが、近年の研究で明らかになっています。

治療には、環境調整やカウンセリングとあわせて「薬物療法」が行われることがあります。

その中でもよく使われるのが「メチルフェニデート」という薬です。

リタリン / Credit:Wikipedia Commons

この薬は、ドーパミンやノルアドレナリンという脳内の集中力をつかさどる神経伝達物質の再吸収を防ぐことで、脳内のバランスを整える働きがあります。

さらにメチルフェニデートは、前頭葉や線条体など注意力に関わる脳領域のドーパミン濃度を上げることで、神経回路の効率も改善するとされています。

このメチルフェニデートを扱った商品には、『リタリン』や『コンサータ』があります。

リタリンはかつて日本でもADHD治療に使用されていましたが、乱用や依存症の問題が多発したため、現在は原則としてナルコレプシー(睡眠障害)への使用に限定されています。

コンサータ / Credit:Wikipedia Commons

コンサータ(メチルフェニデート徐放性)は医師の処方を通じて、ADHD治療に使用されています。

ちなみにアメリカなど海外ではリタリンもADHDの治療薬として一般的に使用されています。

しかし、こうした薬が「ある人にはよく効くのに、別の人には全く効かない」という現象が報告され続けてきました。

その原因は長年不明でしたが、今回ついにその「脳の中の違い」が明らかにされたのです。

ADHD薬が効くかどうかは”受容体のバランス”次第だった!

メリーランド大学医学部の研究チームは、健康な大人37名を対象に、メチルフェニデート(リタリン)を投与した状態と、偽薬を投与した状態の2回に分けて脳の画像を撮影しました。

このように健康な被験者を使った理由は、まず健常な脳の中で薬がどう作用するかを明確にし、そのうえで個人差の要因を探るためです。

ADHDの診断がある人の脳には多くのバリエーションがあるため、最初のステップとして健常者で統一された条件を確保する必要がありました。

使われたのは、PETスキャンやfMRIといった、薬剤の分布や、細胞・脳の活動を詳細に観察できる最先端の機器です。

ドーパミン受容体の分布を確認 / Credit:Canva

研究の焦点は、薬を飲んだときにドーパミンがどれくらい増えるかではなく、もともと脳内にあるドーパミン受容体の種類とその分布バランスを分析することにありました。

ドーパミン受容体には、D1からD5まで5種類存在しており、D1とD2が主に注意力と関連しています。

D1受容体は集中すべき情報を強調する役割を持ち、D2受容体は余計な情報を遮断する役割を持っています。

そして研究では、この2つの受容体の比率(D1:D2)が、薬の効果に影響することが判明しました。

まず、D1受容体レベルがD2受容体レベルに比べて高い人ほど、薬を飲まない状態での記憶課題の成績が優れている傾向がありました。

しかし、それらの人は、メチルフェニデートを飲んだ時にドーパミンのレベルが上昇したにもかかわらず、注意力が改善することはありませんでした。

D1受容体がD2受容体よりも多い人は、薬での改善が見られなかった / Credit:Canva

一方、D2受容体レベルがD1受容体レベルに比べて高い人は、薬を飲まない状態での認知能力は低かったものの、メチルフェニデートを服用することで、(偽薬と比較して)大きな改善が見られました。

これらの結果が示すのは、薬が効くかどうかは、飲んだ後のドーパミンの増加量ではなく、もともとの脳の受容体の分布バランスで決まっていたということです。

この発見は非常に重要です。

というのも、ADHDと診断された人の中には「どうして薬が効かないのか」と悩んだり、自分を責めたりする人もいるからです。

今後、ADHD患者を対象にした同様の検証が必要になります。

もしその研究でも同じ結果が得られるなら、「ADHDなのに治療薬が効かない理由」をはっきりと示すことになり、患者やその家族を安心させることができます。

効かない人にも理由がある。

そんな当たり前のことをやっと証明してくれた今回の研究は、多くの人にとって希望の光となるのではないでしょうか。

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参考文献

ADHD meds don’t work for everyone – a new study reveals why
https://newatlas.com/adhd-autism/ritalin-stimulant-adhd-medication-dopamine-receptors/

Researchers Reveal Key Brain Differences to Explain Why Ritalin Helps Improve Focus in Some More Than Others
https://www.medschool.umaryland.edu/news/2025/researchers-reveal-key-brain-differences-to-explain-why-ritalin-helps-improve-focus-in-some-more-than-others.html

元論文

Neural basis for individual differences in the attention-enhancing effects of methylphenidate
https://doi.org/10.1073/pnas.2423785122

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 なぜADHDの薬が効かない人がいるのか? 脳の”受容体バランス”が原因だと判明!