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では、その影響はどこに出ているのでしょうか?
カー氏は今回、書籍、博物館の所蔵データ、ニュース記事、オークション記録、そして逸話的な情報まで徹底的に洗い出し、科学的に価値のあるT.レックス標本の実態を調査しました。
その結果、科学的に有用なT.レックスの標本は現在、公的な博物館や研究機関に61点しか存在しないのに対し、富裕層による私的または商業的な所有にあるものが71点と、それを上回っていることが判明したのです。
特に問題なのは、若年個体や亜成体の標本が14点も富裕層によって私有されていたことです。
若年個体の化石はTレックスの成長過程を明らかにする上で絶対に欠かせない化石であるため、これは科学的に大きな損失となっています。
さらに商業的な化石業者が現在、博物館の2倍以上の速度でT.レックスの化石を発見しているという実態も明らかになりました。
こうした業者が発見した化石のうち、公的機関に所蔵されたのはわずか11%に過ぎないとのことです。
つまり、残りの大部分の化石は研究者の手の届かない場所や富裕層の手に渡ってしまっているのです。
カー氏がこの研究に着手した背景には、T.レックスの成長に関する基礎的な情報が、今なお大きく欠けているという課題がありました。
ティラノサウルスの幼年期から成体への発育プロセスには多くの謎が残されており、その理解には複数個体の年齢段階にまたがる比較が不可欠です。
しかしながら、化石の私的所有によって、そうした比較のための資料が失われつつある現状に、カー氏は危機感を募らせたといいます。
特に若年個体の標本が市場に流れてしまうことで、科学界は貴重な発見の機会を永遠に失っているかもしれません。
この現状についてカー氏は次のように憤りを露わにしています。
「T.レックスの初期の成長段階は、化石記録が乏しいことで長年悩まされており、それらを失うことは科学的に非常に大きな損失となります。
現時点では、T.レックスの生物学における最も基本的な側面の理解さえも、市場の利害によって苛立たしいほどに損なわれているのです。
私の願いは、同じ懸念を抱く研究仲間たちが、自分たちの研究対象となる種について、商業市場によって失われている標本の数を数え、論文として発表し始めることです」
さらに富裕層の魔の手に晒されているのは、Tレックスの化石だけではありません。
あらゆる種類の恐竜化石が私利私欲や金儲けのターゲットにされているのです。
例えば、これまでで最も高額で取引されたのはステゴサウルスの骨格標本で、2024年に4,460万ドル(約67億円)で競売にかけられました。
古生物学の発展を妨げないためにも、化石の新たな保護対策を進めるべきかもしれません。
参考文献
‘Dispiriting and exasperating’: The world’s super rich are buying up T. rex fossils and it’s hampering research
https://www.livescience.com/animals/dinosaurs/dispiriting-and-exasperating-the-worlds-super-rich-are-buying-up-t-rex-fossils-and-its-hampering-research
元論文
Tyrannosaurus rex: An endangered species
https://doi.org/10.26879/1337
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部