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当時の英国上流階級では、いとこ婚は珍しくありませんでしたが、ダーウィンはこれを単なる偶然とは思わず、「もしかして、血縁が近いことが原因ではないか」と強い懸念を抱きました。
なぜなら、進化を“自然淘汰”の視点で考えた場合、「近親交配は進化に不利だから、自然選択によって避けられるような仕組みが発達してきたのではないか?」と予想されるからです。
そこでダーウィンは植物を使って、自家受粉(近親交配)と他家受粉(遺伝的に異なる個体同士の交配)を比較する実験を行いました。
そして、自家受粉によって子孫の生育が悪くなる傾向があることを発見するのです。
その後、20世紀に入って遺伝学が飛躍的に発展し、メンデルの法則が再評価されることで、近親交配のリスクがより明確にされていきます。
さらに1930年代には、J.B.S.ホールデンやセーウェル・ライト、ロナルド・フィッシャーといった研究者たちによって「集団遺伝学」が誕生します。
こうして、遺伝子の多様性や集団内での遺伝子の頻度変化を数学的に扱うことができるようになり、「創始者(種の最初の個体)がごく少数であれば、遺伝的多様性が失われ、種としての健全性を保てなくなる」ということが理論的に示されました。
これはまさに、「アダムとイヴ的な出発点」では長期的に繁栄することは難しい、という科学的な根拠に他なりません。
現代の生物学では、遺伝的多様性こそが種の繁栄に欠かせない鍵だとされています。
遺伝的に近い個体同士での交配が続くと、劣性遺伝子(潜性遺伝子)による病気や発育不良が表に出やすくなり、集団全体の健康が損なわれていきます。
このような現象を「近交弱勢(inbreeding depression)」と呼びます。
その影響は、高貴な血の濃さを保とうと近親交配を繰り返したヨーロッパの貴族ハプスブルク家の事例が有名です。
ハプスブルク王朝は1700年に亡くなったカルロス2世を最後に滅亡しますが、カルロス2世は不妊症で、数々の先天性疾患を患っていました。顔は変形し咀嚼が難しく、常によだれを垂れ流しており、知的障害も併発していたといいます。
2019年の研究では、これが近親婚を繰り返した結果だと報告されています。
つまり、遺伝子プールが極端に狭まると進化の柔軟性も失われてしまうのです。だからこそ、生物が長期的に繁栄するには、出発点からある程度の個体数が必要になります。
こうしたことが、かつては経験則や直感の域を出なかった「一組の男女では無理があるのでは?」という疑問を、明確な科学の疑問へと変えていったのです。
神話のようなイメージを出発点に生物について考えていくと、最初の生物からどうやって生命が繁栄していくのかよくわからなくなってきます。
しかしこれはそもそも考え方の出発点を間違えていたのです。
では現代では、最初の生命や種の繁栄はどのように考えられているのか見ていきましょう。
私たちが知っている現代の生物は、細胞という単位をもとに構成されています。けれど、最初からそんな完成された細胞を持つ生物が存在していたわけではありません。
生命の起源をたどっていくと、そのスタート地点は、もっと素朴で、もっと化学的なプロセスの積み重ねだったと考えられています。
生命の始まりを説明する仮説のひとつに、「RNAワールド仮説」と呼ばれるものがあります。
これは、RNAという分子が、生命の初期段階で中心的な役割を果たしていたという考え方です。
RNAは、DNAと似たように遺伝情報を持つだけでなく、自ら化学反応を促進する“触媒”としても働くことができるという、非常にユニークな特徴を持っています。
こうした性質のおかげで、RNAは“自己複製に近いこと”ができ、生命の原型になった可能性があるのです。
また、脂質分子(脂のような物質)が水中で自然に集まり、リポソームと呼ばれる膜状の構造をつくることがあることもわかっています。こうした構造が細胞膜の原型になり、RNAのような分子を内部に閉じ込め、安定した環境で反応を進められるようにしました。
こうして少しずつ“細胞らしいもの”が形作られていったのです。
つまり、生命の始まりは「一組の男女」ではなく、たくさんの分子が偶然と選択の積み重ねによってつながり合う分子のネットワークだったのです。
それが少しずつ“生命らしさ”を備えていったのです。
生命は何らかの完成体が単体で生まれたのではなく、化学反応を繰り返す分子の群体として生じたというのが妥当な推論です。
では、生命が誕生したとして、それが種として繁栄していくにはどうすればよいのでしょうか。
まず問題になるのが、先程から議論してきた「遺伝的多様性」という要素です。
ある程度の数が存在したとしても、出発点が極端に限られた個体だったとしたら、当然ながら遺伝的なバリエーションはほとんどありません。
その結果、ハプスブルク家のような問題が現れます。集団の個体数が一時的に大幅に減少した後に再び増加した際に、遺伝的多様性が失われる現象を「ボトルネック効果」と呼びます。
実際に、絶滅危惧種や孤立した島の動物では、この効果によって遺伝的多様性が著しく低下し、将来の生存に深刻な影響を及ぼす例が数多く報告されています。
しかし、これは交配によって親から子という限られた遺伝子伝播の方法しかない場合に生じる問題です。では初期の生命はどうしていたのでしょう?
わかりやすいのは、細菌などの原始的な生物が持つ「水平伝播」と呼ばれる仕組みです。
これは、親から子へ遺伝子を伝えるだけでなく、仲間どうしで遺伝子の情報を直接やりとりする方法です。
たとえばある細菌が抗生物質に対する耐性を手に入れると、その情報を別の細菌に“コピー”して渡すことができます。この仕組みによって、環境の変化に対する適応力が高まり、進化が加速されるわけです。
ただし、私たち人間のような複雑な生き物には、このような遺伝子の“横のやりとり”は基本的にありません。
(血清療法は、生物進化における「水平伝播」のイメージにかなり近い医学的手法ですが、共有しているのは遺伝子そのものではなく“成果物”である抗体です。そのため進化の視点では一時的な効果しかありません)
そのため、私たち人間のような複雑な生命が健全な進化や繁栄を目指すには、最初の段階からある程度の個体数と遺伝的多様性が必要になるのです。
神話のように「たった二人からすべてが始まった」という考え方は、イメージとしては分かりやすく面白いですが、実際、生命や種が繁栄するためには多くの個体による協力と変化の積み重ねが不可欠です。
生命の起源は、分子のレベルから始まり、それらが相互に支え合いながらネットワークを築いたことで可能になりました。
そしてその後の進化は、膨大な数の個体と遺伝子のやりとりのなかで起こったものです。だからこそ、もし人類がほぼ絶滅し、たった一組の男女しか残らなかったとしたら、そこから再び人類を復活させるのは、現実的には非常に難しい――というより、ほぼ不可能だと考えられます。
SF作品の中には、世界の滅亡や他惑星への移住などで、生き残った数人の人々がここから人類を復活させていくぞ、というエンディングを希望に満ちて描くことがありますが、生物学的にはそのシチュエーションに希望はまったくありません。
地球にこれほど多様な生命が存在しているのは、最初から“ひとり”で生きていたわけではなく、地球の長い歴史を通して多くの存在がつながり合っていたからこそ。
生命とは、最初から「個」の物語ではなく、「集まり」から始まったものなのです。
「アダムとイヴのように一組の男女から種が生まれるのか?」という問いは、人によっては今更バカバカしい議論だ、と感じるかもしれません。
しかし生命とは何か、どうやって続いてきたのかを考えるための大事な入口にもなりえます。
昔、この問題に疑問を抱いた人たちがいたこと。ダーウィンのように、自分の身の回りの問題から出発して科学的な探究へと進んだ人がいたこと、そしてそれを理論で支える研究が続いたことで、私たちは今、「なぜ一組の男女からでは人類を復活できないのか」をはっきりと説明することができます。
それもまた、人類が歴史の中で続けてきた研究の成果です。
神話は世界を理解しようとした人間の最初の試みといえるでしょう。そしてそこに生まれた問いに、科学がどう応えてきたかを見ることは、科学を学ぶうえでもとても面白いことなのです。
参考文献
Bottlenecks and founder effects
https://evolution.berkeley.edu/bottlenecks-and-founder-effects/?utm_source=chatgpt.com
The RNA World and the Origins of Life
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK26876/?utm_source=chatgpt.com
元論文
Darwin was right: inbreeding depression on male fertility in the Darwin family
https://doi.org/10.1111/bij.12433
Experimental Evidence for the Negative Effects of Self-Fertilization on the Adaptive Potential of Populations
https://doi.org/10.1016/j.cub.2016.11.015
ライター
朝井孝輔: 進化論大好きライター。好きなゲームは「46億年物語」
編集者
ナゾロジー 編集部