- 週間ランキング
これまでの研究では、不安を克服する方法として「暴露療法(Exposure Therapy, ET)」が有効であることが指摘されていました。
これは実際に人前でのスピーチ練習を重ねることで少しずつ恐怖の対象に慣れさせ、不安を軽減する治療法です。
しかし対面でのセラピーは費用が高く、時間がかかりますし、実際の聴衆を用意するのが難しいという問題があります。
また練習とはいえ、いきなり本物の人の前でスピーチ練習することに抵抗を覚える人も多いでしょう。
そこで新たに注目されているのがVRを活用した暴露療法(VRET)です。
VRならば、安全な環境で何度でもスピーチの練習ができ、コストも抑えられます。
では今回の研究では、どのようなVR実験が行われたのでしょうか?
ケンブリッジ大学の研究チームは、従来のVR暴露療法をさらに進化させた「過剰曝露療法(Overexposure Therapy)」を開発しました。
チームは13〜15歳の中国人学生29名を対象に、以下のようなVRスピーチ訓練を実施しています。
1:事前準備
・学生たちは1分間の英語の自己紹介を準備し、暗記
・スピーチ前に「4-7-8呼吸法(4秒吸う→7秒止める→8秒吐く)」というリラックス方法を実践
2:VRスピーチ訓練(30分間)
・数名〜50人の仮想観客の前でスピーチ(初歩ステージ)
・100人の仮想観客の前でスピーチ(中間ステージ)
・10,000人の仮想観客がいるスタジアムでスピーチ(最終ステージ)
3:リアル環境での発表
・本物のクラスメイトとスタッフの前でプレゼンを実施
4:事前・事後アンケート
・スピーチ不安・自信・楽しさを測定
ちなみに、VR環境の聴衆はじっとしているわけではなく、頭をかいたり、首を傾げたり、あくびをしたり、遅刻して入ってきたり、あるいはカメラのフラッシュを光らせたりと、現実に近いリアクションを取ります。
その結果は驚くべきものであり、以下のような変化が確認されています。
1:スピーチ不安の減少
・トレーニング前:65%が「不安を感じる」
・トレーニング後:20%まで減少(45ポイント低下)
2:スピーチ自信の向上
・トレーニング前:31%が「自信がある」
・トレーニング後:79%まで増加(48ポイント上昇)
3:スピーチの楽しさの向上
・トレーニング前:「スピーチが好き」34%
・トレーニング後:86%まで増加(52ポイント上昇)
統計的にも有意な改善が確認され、「過剰曝露療法」はスピーチ不安を軽減し、自信を高める効果があることが証明されたのです。
本研究の結果は、スピーチ不安に悩む人々にとって大きな希望となります。
特に、このVRトレーニングは無料での提供やスマートフォンでも利用可能な形態を目指しているため、誰でも手軽に試すことが可能になるでしょう。
研究主任のクリス・マクドナルド(Chris Macdonald)氏は「スピーチ不安は誰にでもありますが、克服できるものでもあります。 このプラットフォームを活用し、多くの人が自信を持って話せるようになってほしい」と話しました。
スピーチが苦手な人も、VRを活用すれば、いつか1万人の前で堂々と話せる日が来るかもしれません。
参考文献
New virtual reality platform helps users overcome public speaking anxiety — and it’s free
https://www.psypost.org/new-virtual-reality-platform-helps-users-overcome-public-speaking-anxiety-and-its-free/
元論文
Improving virtual reality exposure therapy with open access and overexposure: a single 30-minute session of overexposure therapy reduces public speaking anxiety
https://doi.org/10.3389/frvir.2024.1506938
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部