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くしゃみと同じように、咳も脳に咳中枢というものがあり、迷走神経(vagus nerve)を通じて信号が送られそこで制御されています。
気道のセンサーが異物を感知すると、脳に「排出せよ!」という指令が送られ、横隔膜と肋間筋が収縮し、声門が閉じることで肺に溜めた空気の圧力が急上昇します。
そして声門が開放されると、時速100キロ以上の勢いで空気が噴き出すのです。
この強烈な気流が、気道にたまった粘液や異物を押し出されます。
咳の際に発生する飛沫の数は約3,000個とされています。
くしゃみに比べて飛沫の数は少ないものの、咳は非常に小さい粒子が排出されやすいという特徴があります。
そのため咳による飛沫は長時間空気中を漂いやすく、特に密閉空間で感染リスクを高める可能性があるとされています。
ここまでの説明を聞く限り、咳とくしゃみはほとんど同じ反応であるように見えます。
しかし咳は咳払いなど意識的にできる一方、くしゃみを意識的にやろうと思ってもできません。これはどういう理由なのでしょうか?
くしゃみと咳の大きな違いは、そのコントロールのしやすさです。
例えば、人前で咳を控えようとすると、ある程度は抑えられます。
しかし、くしゃみはほぼ完全に反射で起こるため、意識的に止めるのはかなり難しい行為です。
異物が鼻粘膜を刺激すると、脳が即座に反応し、瞬間的にくしゃみを引き起こします。
一方、咳は気道や肺に侵入した異物を押し出すための仕組みで、基本的には反射で起こりますが、大脳皮質も関与するため、ある程度意識的に調整することができます。
これは呼吸やまばたきが、普段は無意識で行っているものの意識的に制御できるのと同じ原理です。
では、なぜくしゃみと咳は異なる仕組みで作動し、それぞれの反応が異なるのでしょうか?
くしゃみも咳も反射で起きるのは、異物を吸い込んでしまったときです。
しかし、咳の場合はくしゃみと異なり、瞬間的な役割だけでなく、気道をクリアに保つという持続的な役割があります。
気道は呼吸を担う重要な場所のため、気管が狭まったり痰が絡むなど、異物が侵入する以外でも常に空気の流れを確保する必要があるのです。
こうした役割は単純な反射だけでは果たすことができません。このためには意識的にコントロールして咳をする必要があるのです。
気道内の刺激は迷走神経を通じて咳中枢に伝わりますが、ここでは大脳皮質も関与しています。
そのため、咳はくしゃみとは異なり、必要に応じて強さや回数を調整できる柔軟なシステムになったのです。
このように意思でコントロールできることから、咳はやがて人間社会においてはコミュニケーション手段として進化していくことになります。
気まずくなって咳払いをしたり、自分の存在をさり気なく知らせる手段として咳を利用するなど、言葉では主張しづらい場面を咳で誤魔化すといった使い方は、咳の反射とコントロールのどちらでも出せるという側面から自然と発生した使い方だと言えるでしょう。
また、人間の心理状態を反映するという側面も咳は持つようになりました。
プレゼンなど前に咳払いをするという人は多いと思いますが、人間の自律神経系はストレスを受けると交感神経が活性化します。緊張などで交感神経が優位になると、呼吸が浅くなったり、気道が狭まるため咳が出やすくなるのです。
なんども咳払いしながらスピーチしている人を見ると、緊張しているんだなとわかりますが、人間社会では咳にはそうした心理的なサインの側面も持つようになったのです。
くしゃみと同じような機能を持ちながら、意識的に操作できることから人間社会の中では、別の役割も持つようになった咳。
そうしたことを考えると、人間の体の機能とは面白いものですね。
参考文献
Difference Between Cough and Sneeze
https://byjus.com/biology/difference-between-cough-and-sneeze/?utm_source=chatgpt.com
元論文
Coughs and Sneezes: Their Role in Transmission of Respiratory Viral Infections, Including SARS-CoV-2
https://doi.org/10.1164/rccm.202004-1263PP
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部