家族や親しい友人といると、安心できるはず――多くの人がそう感じるでしょう。

けれども、実際には「仲が良いからこそ、なぜか緊張する」場面もあるのではないでしょうか?

そんな意外な現象が、私たち人間だけでなく、野生のニホンザルにも見られることが明らかになりました。

総合研究大学院大学(SOKENDAI)の研究によると、血縁関係のある相手(母や姉妹)がそばにいると、サルたちはストレスのサインとされる「セルフスクラッチング(自分の体を引っかく行動)」をより多く行うことが判明したのです。

ただし、この現象が顕著に見られたのは「食事中」のみで、休息中には血縁の有無による差はほとんど見られませんでした。

この「仲の良さと緊張」の関係は、職場や家庭など、私たちの日常にも通じるものかもしれません。

なぜ、信頼できるはずの相手が、時にストレスの原因になるのでしょうか?

その答えを探るこの研究の詳細は、2025年2月21日に『Animal Behaviour』に掲載されました。

目次

  • まさかの血縁ストレス? “仲良しほど緊張する”は本当だった!
  • なぜ「安心できるはずの相手」に緊張してしまうのか?
  • 「血縁=安心」ではない!? 人間社会にも通じるサルたちのリアルな関係性

まさかの血縁ストレス? “仲良しほど緊張する”は本当だった!

動物の社会では、助け合いや争いが日常的に繰り広げられています。

群れの中でどんな相手と一緒にいるかによって、ストレスレベルが変わることも考えられています。

ニホンザルは、生まれた群れに一生とどまるメスを中心とした“母系社会”を築きます。

血縁関係のあるメス同士は深い絆で結ばれ、従来の研究では「血縁が近いほど安心できる」と考えられてきました。

しかし、実際の社会では、エサをめぐる競争が激しくなることもあり、「仲がいい=安心」とは限らないのです。

サルにも「仲良しだからこそ緊張してしまう」ことがあると判明! / 採食中、近接個体が一頭のみだった場合に、血縁個体が近接していたときとしていなかったときのスクラッチ頻度との関係を示す/Credit:仲良しだから緊張する:野生ニホンザルの社会的ストレスに関する新規な現象の発見

今回の研究では、2015年4月から8月にかけて合計58日間、宮城県の牡鹿半島沖にある金華山で野生のニホンザルを観察し、特に成体メス11頭の行動に注目しました。

研究者たちは、合計205時間にわたる観察の中で、サルたちが「休息しているとき」と「エサを食べているとき(採食中)」のストレスレベルを比較しました。

この研究の鍵となったのが、「セルフスクラッチング(自分の体を引っかく行動)」です。

霊長類はストレスや緊張を感じると、この行動を頻繁に行うことが知られています。

そのため、スクラッチの回数を分析することで、サルたちがどの場面でストレスを感じているのかを探ることができるのです。

観察では、各メスの周囲1メートル以内にいる個体の血縁関係や順位関係、親密度なども記録し、休息中と採食中のスクラッチの変化を比較しました。

その結果、休息中は「まわりに誰もいないとき」にスクラッチが増える傾向が見られました。

これは、群れから取り残されることへの不安がストレスにつながるためと考えられます。

一方、採食中のスクラッチの傾向はまったく異なりました。

ただ周囲に他のサルがいるかどうかではなく、「血縁関係があるかどうか」が大きく影響していたのです。

特に、母親や姉妹がそばにいるときほど、スクラッチが増えることが判明しました。

これは、従来の「血縁相手といると安心できる」という通説とは真逆の結果です。

ではなぜ、仲の良いはずの母親や姉妹がストレスの原因になったのでしょうか?

なぜ「安心できるはずの相手」に緊張してしまうのか?

サルにも「仲良しだからこそ緊張してしまう」ことがあると判明! / Credit:Canva

なぜ、仲の良いはずの母親や姉妹がストレスの原因になったか?

その理由のひとつとして考えられるのが、限られたエサをめぐる「競争」です。

血縁者とは普段から協力し合う関係にありますが、食事の場面ではそうはいきません。

むしろ、親しい関係だからこそ、エサの取り合いや譲り合いの駆け引きが発生し、緊張が高まる可能性があるのです。

これは、人間の家族や親しい友人との関係にも似ているのではないでしょうか?

仲が良いからこそ、お互いに気を遣ったり、本音をぶつけたりすることで、かえってストレスを感じることがあるのかもしれません。

一方で、血縁のない個体と一緒にいるときには、スクラッチの頻度があまり増えませんでした。

これは、非血縁の相手とは距離感がはっきりしているため、競争を避けたり、適切なタイミングで譲るなどして、ストレスを最小限に抑えられるからだと考えられます。

むしろ、「仲が良いからこそ、守るべきものが多い」「気を遣う場面が増える」ことが、ストレスを生み出す要因になっているのかもしれません。

この結果は、ニホンザルの社会のリアルな一面を明らかにしただけでなく、動物の社会行動が私たちの日常とどのようにリンクしているのかを考える新たな視点を提供してくれます。

「血縁=安心」ではない!? 人間社会にも通じるサルたちのリアルな関係性

サルにも「仲良しだからこそ緊張してしまう」ことがあると判明! / Credit:Canva

この研究が明らかにしたのは、ニホンザルのメスたちにとって、「誰と一緒にいるか」によってストレスの原因や影響が大きく変わるということでした。

特に、食事中に血縁者が近くにいることでストレスが高まるという結果は、これまでの「血縁が近いほど安心できる」という考え方とは異なる、新しい視点を提示しています。

普段は協力し合う母親や姉妹の関係も、エサをめぐる場面では「譲れない」「競争しなければならない」という状況に変わります。

これは、私たち人間の社会にも共通するものがあります。

例えば、家族や親しい友人との間では、相手に対する期待や配慮が大きいため、何気ない言動がストレスの原因になることがあります。

身近な人との関係ほど、思わぬ緊張や気まずさを生むことがあるのです。

また、この研究は、セルフスクラッチングという行動が動物の社会的ストレスを測る有効な指標であることも示しました。

今後、さらに多くの群れや異なる霊長類の種を対象に同様の研究を進めることで、私たち人間の社会におけるストレスの仕組みを理解するヒントが得られるかもしれません。

このように、「仲の良し悪し」だけでは説明しきれない複雑な動物社会のルールは、私たちの日常にも通じる部分があります。

「仲良し=安心」というシンプルな構図の裏には、実は隠れた競争や遠慮、そして微妙な力関係が潜んでいるのかもしれません。

これは、社会的な動物である私たち人間にとっても、とても興味深い視点ではないでしょうか。

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元論文

Influence of proximate individuals on self-scratching behaviour in wild Japanese macaques
https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2025.123111

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 サルにも「仲良しだからこそ緊張してしまう」ことがあると判明!