地球から飛び出した灼熱の岩石が集まって“月”になった――こんな巨大なドラマがどのように進行し、いつ完了したのか、私たちはまだ完全には知りませんでした。

ところが最新の研究によると、月が誕生直後に広がった「マグマの海」が、ほとんど約44.3億年前の時点で固まっていた可能性があるという新たな証拠が示されました。

この発見により、地球を巻き込んだ壮大な衝突劇とその後の冷却プロセスが、より正確なスケジュールで描かれつつあります。

実は同じ頃、地球では海や大気が安定し始め、生命に適した環境が整いつつあったとも言われています。

つまり今回の成果は、私たちの住む星が“いつから生命に優しい場所になったのか”を考える上でも大きな手がかりとなるのです。

さらに、今回の研究で大きな役割を果たしたのは「KREEP(クリープ)」と呼ばれる特別な化学成分。

KREEP はカリウム (K)、希土類元素 (REE)、リン (P) のほか、ウラン (U) やトリウム (Th) などの放射性元素も多く含む残りカスのような物質で、月がほぼ固体化する末期に濃縮されたと考えられています。

これまで謎に包まれていた月の結晶化のタイミングが、KREEP の精密な分析を通じて大きく解明されることとなりました。

果たして、地球から吹き飛んだ岩石がどのように結集し、そして新たな世界を生み出したのか。

月の誕生史と私たちの地球が歩んできた道のりが、今、改めて結びつこうとしています。

ここからは、その詳しい背景や実験結果をもとに、月が生まれた秘密を紐解いていきましょう。

研究内容の詳細は『PNAS』にて公開されました。

目次

  • 巨大衝突説の真実:1000年でまとまった月
  • 44.3億年前の月の固化スイッチ
  • 月の結晶化が示す地球の進化

巨大衝突説の真実:1000年でまとまった月

岩石の破片が月になった瞬間: 44.3億年前に月は急速に結晶化した / Credit:NASA

月ができた経緯を説明する代表的な説が「巨大衝突説」です。

今からおよそ45億年ほど前、まだ若い地球に火星ほどの大きさをもつ天体(テイア)が衝突した結果、その破片が地球のまわりに舞い上がり、やがて集まって月になったと考えられています。

衝突のエネルギーは想像を絶するほど大きく、月の大部分が“ドロドロに溶けた状態”――いわゆる「マグマ・オーシャン」だった可能性が高いのです。

ところが近年の研究では、このマグマが固まり始めるスピードは想像以上に速かった可能性があると指摘されています。

一部の研究シミュレーションでは、衝突直後の月が理論的には短くて約1000年ほどの間で、一気に“8割ほど”固まった可能性がある、とされています。

なぜそんなに早いのか。

大きな要因としては、月が生まれた直後の温度差と真空環境が挙げられます。

宇宙空間は極めて冷たく、月の高温なマグマは外部へ熱を奪われやすかったのだと考えられています。

この段階では、月全体がまるで球状の「炎の塊」だったようなイメージですが、あくまでもシミュレーション上の推定であり、今後の検証が期待される部分でもあります。

しかし液体のマグマは時間とともに少しずつ固まり、先に凝固した重い鉱物は底へ沈み、比重の軽い鉱物は上に浮かぶなどして、月の地殻とマントルを形作っていきました。

固まった岩石がいったん表面を覆うと、それが“断熱材”のように働き、残りのマグマがなかなか冷え切らなくなります。

結果として、最後の1割ほどが固まるのには非常に時間がかかり、衝撃的な“千年スケール”での冷却と、その後の“数千万年以上”というロングスパンが同居する形で、月は現在のような姿へと成熟していったと考えられています。

ここで注目されるのが「KREEP」という不思議な成分です。

KREEP は上記のようにカリウム、希土類元素、リン、さらにはウラン・トリウムなども含む残りカスで、マグマ・オーシャンがほぼ固体化する末期に濃縮されたと考えられています。

実際に、月の岩石を分析してみると、この KREEP 成分は月の近面側に広く分布しているほか、裏側の南極―エイトケン盆地付近にも存在する可能性が示唆されてきました。

もし KREEP ができたタイミングを正確に測れれば、月の“最後の仕上げ”ともいえる固結の時期がはっきりわかるのではないかと期待されています。

44.3億年前の月の固化スイッチ

岩石の破片が月になった瞬間: 44.3億年前に月は急速に結晶化した / Credit:Canva

今回の研究チームが注目したのは、KREEP に多く含まれる「ルテチウム (Lu)」が時間の経過とともに放射性崩壊して「ハフニウム (Hf)」に変わる仕組みです。

ルテチウムは希土類元素(REE)の一種であり、マグマが固まる段階で他の鉱物に入りにくいため、残渣(KREEP)に濃縮されやすい性質を持っています。

ルテチウムとハフニウムは、太陽系が誕生したばかりのころには同じ割合で存在していたと考えられますが、時間がたつにつれてルテチウムが放射性崩壊し、その度合いによって岩石が結晶化した年代がわかります。

研究者たちは、アポロ計画で持ち帰られた月の岩石に含まれるジルコンという鉱物を超高精度で分析しました。

ジルコンは地球でもよく放射年代測定に使われる頑丈な鉱物で、いったん結晶化すると内部に時間の“痕跡”を封じ込めてくれます。

ここに含まれるルテチウムとハフニウムの比率を、最先端の手法で詳しく調べることで、月のマグマ・オーシャンがどの時期に固結し、KREEP が形成されたかを推定したのです。

その結果、月が固まりきる過程のほぼ終盤で KREEP が形成され、結晶化の完了時期は今から約44.3億年前にまでさかのぼる可能性が高いことが示されました。

これは、地球がまだ多くの天体衝突を受けていた時期と重なる年代であり、月の初期進化がどのように進んだのかを具体的に示す重要な手がかりです。

さらに今回の分析では、KREEP は月の裏側(南極―エイトケン盆地など)にも分布している可能性を強く示唆する結果が得られ、今後の探査による直接サンプル分析でさらに裏付けられることが期待されています。

月の結晶化が示す地球の進化

岩石の破片が月になった瞬間: 44.3億年前に月は急速に結晶化した / Credit:Canva

今回明らかになった月の固結時期は、地球上でも大きな衝突が頻発していた時代とも重なります。

月の形成大衝突後、地球表面では溶岩やマグマの活動が続いていたと考えられますが、やがて海と大気が比較的安定し、生命の登場に適した環境が徐々に整っていきました。

こうした地球の変化と月の進化は無関係ではなく、月の形成史をより詳細に知ることは、同時期に地球がどのように環境を整えていったのかを理解するための重要な手がかりとなります。

また、研究チームが今回焦点を当てた KREEP は、月の地殻ができ上がる末期に濃縮された残りカスであることが改めて明確になりました。

KREEP に含まれるウランやトリウムなどは放射性熱源として機能し、月の後期の火山活動にも影響を与えた可能性があります。

今後、南極―エイトケン盆地などで行われるサンプル取得ミッション(たとえばアルテミス計画や嫦娥計画など)が進めば、月の裏側にも同様の KREEP 層が広がっているのか、それとも地域によって形成時期や分布が異なるのかがさらに詳しくわかるでしょう。

月は私たちにとって最も身近な天体ですが、その存在は地球の歴史とも深く結びついています。

今回の研究成果は、月の固結時期の解明という一つの切り口から、地球と月のダイナミックな関係を浮き彫りにしました。

今後の探査や分析で新たな証拠が加わるたびに、「岩石の破片が月に姿を変えた」という壮大なシナリオが、より鮮明にアップデートされていくことでしょう。

地球がいつ、どのように現在の姿へと進化したのかを知るうえでも、月の情報はかけがえのない“タイムカプセル”となるはずです。

研究者たちは、まだ見ぬ月の裏側やさらなる月試料がもたらす発見に期待を寄せています。

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元論文

Completion of lunar magma ocean solidification at 4.43 Ga
https://doi.org/10.1073/pnas.2413802121

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 44.3億年前に月は急速に結晶化した