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お酒を飲むと、体内ではエタノールが分解され、アセトアルデヒドという化学物質に変わります。
アセトアルデヒドは強い毒性を持ち、DNAを傷つけることでがんを引き起こす原因になることが分かっています。
しかし、なぜ飲酒で「食道」だけにがんが多発するのでしょうか?
その大きな要因のひとつが、日本人を含むアジア人に多く見られる「ALDH2遺伝子の変異」です。
ALDH2はアセトアルデヒドを分解する酵素ですが、この遺伝子に変異があるとアセトアルデヒドが体内に蓄積しやすくなります。
これにより、お酒を飲んだときに顔が赤くなる「フラッシング反応」が起こるのですが、実はこの反応がある人ほど、食道がんのリスクが高いのです。
さらに、食道がんは一か所にできるだけでなく、広範囲に多発する傾向があります。
これを「フィールドがん化現象」と呼びます。
しかしなぜこのような現象が起こるのかは、これまで明確には分かっていませんでした。
研究チームは、食道がんの発生メカニズムを解明するため、2つの重要な遺伝子「ALDH2」と「TP53」に着目しました。
TP53は細胞の異常を感知し、がんの発生を抑える「がん抑制遺伝子」です。
しかし食道がん患者の多くは、このTP53に変異が起こっていることが知られています。
これまでの研究では、ALDH2遺伝子が欠損したマウスや、TP53遺伝子に異常のあるマウスにアルコールを飲ませても、食道がんは発生しませんでした。
そこでチームは、ALDH2が機能しない状態かつTP53が欠損しているマウスを作り、そこにアルコールを長期投与するという実験を行いました。
その結果、このマウスでは食道がんが高確率で発生し、さらにフィールドがん化現象も確認されました。
つまり、「アルコール摂取」「ALDH2の機能低下」「TP53の変異」という3つの条件が揃うと、食道がんが多発しやすくなるということが科学的に証明されたのです。
この研究の結果、次の3つのことが明らかになりました。
1:ALDH2が機能しないと、アセトアルデヒドが体内に蓄積しやすくなる
2:TP53に異常があると、傷ついた細胞を修復できず、がんが発生しやすくなる
3:アルコールを飲み続けることで、食道粘膜にDNA変異が蓄積し、多発性のがんを引き起こす
これまで疫学的には「飲酒と食道がんの関係」は知られていましたが、それが実際にどのように発生するのかを動物モデルで証明したのは、今回が初めてです。
お酒を飲むとすぐに顔が赤くなって酔っ払う人はALDH2の機能が遺伝的に低く、飲酒で食道がんになるリスクも高いので、注意が必要でしょう。
今回の研究成果は、食道がんの予防に大きな影響を与える可能性があります。
例えば、ALDH2の機能を測定できる簡単なキットを開発すれば、個人が自分のリスクを知り、飲酒習慣を見直すきっかけになるでしょう。
またALDH2の働きを補助する薬剤の開発も進められています。
もし実用化されれば、将来的に「食道がんリスクの高い人が安全に飲酒できるようになる」かもしれません。
とはいえ、最も確実な予防法は、「飲酒量を減らすこと」です。
お酒が好きな人にとっては耳の痛い話かもしれませんが、「自分の体質を知り、健康的な選択をすること」が何より大切です。
この研究は、飲酒と健康の関係についての新たな視点を提供するものであり、多くの人が自分自身の健康を見直すきっかけとなるでしょう。
参考文献
飲酒により食道がんが多発する機序の解明―食道発がんに重要な3因子の同定―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-02-14-1
元論文
Aldh2 and the tumor suppressor Trp53 play important roles in alcohol-induced squamous field cancerization
https://doi.org/10.1007/s00535-024-02210-y
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部