- 週間ランキング
研究チームは、この男性に対して興味深い実験を実施しました。
まず、被験者がリラックスした状態で10分間待機し、その後、性的に興奮する映像を視聴しながら自己刺激を行いました。
そして、オーガズムを迎えた後も、継続的に性的刺激を行い、射精の回数や心拍数、血圧、瞳孔の拡張などの生理的反応を測定しました。
驚くべきことに、この男性は実験中に合計6回の射精を経験したのです。
さらに、最初のオーガズムから最後のオーガズムまでの間隔はわずか36分。
通常の男性であれば、一度射精した後はしばらく休息を取る必要がありますが、彼は一切の「賢者タイム」を持たずに連続してオーガズムを迎えることができました。
また、測定された生理的データによると、彼の心拍数や血圧、瞳孔の拡張度はすべてオーガズム時にピークを迎えており、通常の男性と同じ様にオーガズムを感じていることも確認されました。
ただ、被験者男性は実験環境が良くなく、十分なパフォーマンスが出せなかったと研究者に苦情を出しました。
実験では測定のために顎を装置に乗せて固定されていたので、十分な集中ができなかったというのです。それに空調が十分じゃなく室温が高くて快適性もなかった、と主張しました。
そこで研究者たちは、彼が十分なパフォーマンスを出せるよう、自宅環境で追試を行いました。
この追試では、男性に自宅でパートナーと性交を行ってもらい、射精するごとに新しいコンドームに替え、使用したコンドームを提出して精液を分析するという方法が取られました。監視などは行わなかったとのこと。
結果、彼は性行為を51分間にわたって行い、合計10回の射精したといいます。
実際に彼は主張した通り、自宅で実験室以上のパフォーマンスを発揮したのです。
そして、収集された精液量は、研究室での実験と比べて明らかに多かったと報告されています。
精液量の推移は、最初の射精で7.1mlと最も多く、その後回数を重ねるごとに減少し、10回目の射精では、ほとんど検出できない微量の精液しか採取されなかったという。
いずれにせよ、彼には確かに賢者タイムがなく、驚異的と言えるほどの精力を研究者に見せつけました。
研究者たちは、この男性が持つ特異な性質についていくつかの可能性を考察しました。
まず、神経伝達物質の違いが影響しているのではないかという仮説です。
通常、射精後不応期はプロラクチンというホルモンが増加することで引き起こされると考えられています。
プロラクチンは、オーガズムを迎えた直後に脳下垂体から分泌され、性的興奮を鎮静化させる働きを持っています。
しかし、この男性は通常よりもプロラクチンの分泌が抑えられているか、もしくは脳がプロラクチンの影響を受けにくい可能性があります。
また、陰部の神経回路の特異性も一因かもしれません。
一部の研究では、脳と性器をつなぐ神経回路が個人によって異なることが示唆されています。
この男性は、性的興奮を持続させる神経回路が特別に発達している可能性があるのです。
さらに、彼の習慣も無関係ではないでしょう。
彼は4歳から性的な自己刺激を行っており、長年の経験がこの能力を発達させた可能性があります。
「賢者タイムがない」という能力は、多くの男性にとって魅力的に映るかもしれません。
しかし、これを完全に再現するのは難しいとされています。
とはいえ研究者たちは、いくつかの要素が射精後不応期の短縮に寄与する可能性があると指摘しています。
1つの方法は骨盤底筋を鍛えることで、これは射精のコントロールや持続力の向上に関連があるといわれています。
また「賢者タイム」はプロラクチンの急激な上昇によって起こると考えられているため、これを抑制することができれば、ある程度この男性のような状態を再現できるかもしれません。
研究者たちは、射精後に性的刺激を継続することでプロラクチンの分泌を抑えられる可能性を指摘しています。
一部の研究は、オーガズムを繰り返し経験することでプロラクチンの上昇が緩やかになると報告しています。
ただし、過剰な刺激が逆に神経系の疲労や興奮の鈍化を引き起こす可能性もあり、特に個人差が大きいとされています。
そのためこの問題については科学的な裏付けがまだ十分ではなく、まだまだ未解明の分野ということになります。
専門家によるさらなる研究に期待しましょう。
この研究は、俗に言う「賢者タイム(射精後不応期)」が絶対的なものではなく、一部の男性ではその影響をほとんど受けないことを示唆しています。
とはいえ射精後に訪れる「賢者タイム」は、単なる倦怠感ではなく、生物にとっては必要なものだと考えられています。
オーガズムという激しい生理的ピークの後、男性の体は一時的に性的興奮を抑え、回復モードに入ります。このとき、脳内ではプロラクチンというホルモンが分泌され、性的欲求を鎮めながら深いリラックスをもたらします。
その結果、心身が回復し、次の交尾に備えることができるのです。
また、連続して射精を繰り返すと、精子の質が低下することが知られています。不応期があることで、精液が再び濃縮され、より健康な精子を作る時間が確保されます。この仕組みは進化の過程で培われ、無駄な交尾を防ぎながら、次の機会をより確実なものにする働きをしてきたのです。
さらに、射精後に性的興奮が低下することで、男性は狩猟や外敵からの防御といった生存に関わる行動へ意識を向けやすくなります。もし不応期がなかったとしたら、性欲に振り回され続け、命の危険にさらされる場面もあったかもしれません。
そのため、「賢者になる時間」は生物にとって必要不可欠な休息と調整の時間なのです。
一般的な男性にとって、今回の男性のようなの能力を完全に再現するのは難しいでしょう。
しかし、それは当たり前のことであり、生物学的にはむしろ幸運だと考えるべきかもしれません。
いずれにせよ性科学の研究はまだまだ発展途上です。今回の研究は「性的な常識」が個人差によって大きく異なることを改めて示した興味深いケースと言えるでしょう。
元論文
Male Multiple Ejaculatory Orgasms: A Case Study
https://doi.org/10.1080/01614576.1998.11074222
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部