海外旅行に行くと、なじみのないチップ文化に困惑するかもしれません。

最近ではデジタル式に移行しており、カフェやレストランで会計時に「チップをどうするか」タッチパネルで尋ねられます。

こうしたチップ文化は、実は店の売り上げに影響を与えているかもしれません。

BIノルウェービジネススクール(BI Norwegian Business School)のナサン・B・ウォーレン(Nathan B. Warren)氏らによる研究が、この問題について調査を行いました。

この研究では、「チップの圧力」が顧客の行動にどのような影響を与えるかを分析し、店員が見ている状況では、顧客が再び訪れる確率が下がることが明らかになりました。

この研究の詳細は、2024年10月9日付の『Journal of Business Research』誌に掲載されています。

目次

  • チップ文化の実態とデジタル化で変わるプレッシャー
  • チップ支払い時、顧客は「見られると払ってしまう」が、「再来店率」は下がる

チップ文化の実態とデジタル化で変わるプレッシャー

サービスに対する感謝を示す「チップ」 / Credit:Canva

チップ文化は、特にアメリカを中心とする多くの国で根付いており、サービス業における重要な経済システムの一部となっています。

レストラン、タクシー、ホテルなどでは、従業員の基本給が低く設定されており、チップが収入の大部分を占めることも珍しくありません。

例えば、アメリカのレストランでは、ウェイターの時給は最低賃金よりも低いことが多く、その分をチップで補う仕組みになっています。

一方で、ヨーロッパの多くの国では、チップはサービス料としてあらかじめ料金に含まれている場合があります。

日本でもチップは不要です。

本来、チップは「良いサービスに対する感謝の気持ち」として渡されるものでした。

しかし、最近のデジタル決済の普及により、会計時にタッチパネルでチップ額を選ばされるケースが増え、顧客が「強制されている」と感じることが多くなっています。

最近では、デジタル端末でチップを支払うよう要求されることが増えている / Credit:Nathan B. Warren(BI Norwegian Business School)et al., Journal of Business Research(2024)

例えば、カフェでコーヒーを1杯買うだけでも、タッチパネルに「チップを選択してください」と表示され、15%、18%、20%の選択肢が示されることがあります。

中には「チップなし」の選択肢が目立たない形で配置されており、心理的に押しづらい設計になっていることもあります。

また、レジの店員が目の前で操作を待っている状況では、顧客は断りにくさを感じやすくなり、予定していなかったチップを支払ってしまうケースも多く報告されています。

特に、ハンドヘルドPOS端末(店員が持つ携帯型の決済端末)では、店員が目の前で操作するため、顧客は「見られている」というプレッシャーを感じやすくなります。

一方、カウンタートップPOS(レジに固定された端末)では、店員の視線が直接及ばないため、比較的自由にチップを選べる状況になります。

このような違いが、顧客の心理や店舗の売上にどのような影響を与えるのかについて、研究が行われました。

「チップを払うように」という無言の圧力は、果たして顧客にどんな影響を与えるのでしょうか。

チップ支払い時、顧客は「見られると払ってしまう」が、「再来店率」は下がる

研究チームは、実際の店舗でフィールド実験を行い、さらにオンライン実験でより詳細な心理的メカニズムを分析しました。

フィールド実験では、アメリカのあるビールパブで、2種類のPOS端末を使用し、顧客の反応の違いを分析しました。

プレッシャーの異なる2つの支払いで、顧客の反応の違いを調査 / Credit:Nathan B. Warren(BI Norwegian Business School)et al., Journal of Business Research(2024)

1つは店員が持つハンドヘルド端末(低プライバシー)、もう1つはカウンターに固定されたカウンタートップ端末(高プライバシー)でした。

店員がもつハンドベル端末からチップを選択する顧客は、店員の視線や雰囲気、独特の間により、「チップを支払うように」という無言の圧力を強く感じることになります。

実験の結果、ハンドヘルド端末を使用した場合のほうが、チップの額が平均1.3%高くなることが判明しました。

しかし、再来店率はカウンタートップ端末を使用した場合よりも約25%低下していました。

つまり、「チップの圧力」でその場の収益は増えるが、長期的には顧客を遠ざける 可能性があるのです。

次に研究チームは、オンラインでのシミュレーション実験を通じて、顧客の心理的反応を分析しました。

その結果、チップを支払うとき、店員が見ている状況では、 多くの人が「強制されている」「自由に決める権利が奪われた」「チップを支払っても寛大な気持ちになれない」と感じることが分かりました。

特に、「強制された」と感じた顧客は、その店に戻る意欲が大幅に低下すると判明しています。

チップを支払う際に強い圧力を受けると、顧客は再び来店しなくなる / Credit:Canva

今回の研究は、「チップの圧力」がビジネスに与える影響を示した画期的なものです。

「チップを支払うように」という圧力が強いと、短期的には売上が向上するかもしれません。

しかし、顧客は「強制的にチップを支払わされた」と感じるため、その店を避けるようになり、長期的には収益が落ちる可能性が高いのです。

この研究は、チップ文化が根付いている国々だけでなく、日本にとっても興味深い示唆を与えます。

日本では、飲食店やホテルなどでサービス料があらかじめ料金に含まれているため、チップを支払う必要がありません。

そのため、顧客は会計時に心理的プレッシャーを感じることなく、支払いを終えることができます。

もちろんチップ文化には、スタッフに「良いサービスを提供する」というプロ意識が育まれるなど、様々な利点があります。

こうした文化的な違いは、日本と海外のサービス業の在り方を比較する上で興味深い視点を提供してくれます。

あなたは「チップの文化」はあった方が良いと思いますか?それとも無い方が良いですか?

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参考文献

Tip pressure might work in the moment, but customers are less likely to return
https://theconversation.com/tip-pressure-might-work-in-the-moment-but-customers-are-less-likely-to-return-242089

元論文

Tipping privacy: The detrimental impact of observation on non-tip responses
https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2024.115008

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「チップの圧力」が客足を遠ざける?店員の視線で再来店率が変化する