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しかし、加齢や病気によってこの機能が低下すると、誤って気管に食べ物が入り、誤嚥を引き起こします。
特に液体は速く流れ込むため、気管に入るリスクが高くなります。
そこで役立つのが「とろみ」です。
とろみをつけることで、液体の流れをゆっくりにし、喉の筋肉が飲み込むタイミングを合わせやすくなります。
ただし、とろみが強すぎると逆に飲み込みにくくなるため、適切な粘度が求められます。
これまで、介護の現場では「経験則」に頼って食事のとろみを調整していました。
しかし、嚥下障害のある人にとって本当に安全で飲み込みやすいとろみの科学的な基準は、これまで十分に研究されていませんでした。
この課題に挑んだのが、今回の北海道大学の研究です。
北海道大学の研究チームは、「流速分布計測支援型レオメトリ(VPAR)」という最新技術を用いて、お粥の流動特性を詳細に解析しました。
VPARは、二重円筒の装置を使って食品の流れ方を測定する技術です。
外側の円筒を回転させることで、サンプル(お粥)に変形させ、その際に超音波を使って円筒内の速度分布を測定するのです。
このデータを流体力学の計算式に当てはめるなら、お粥の粘度(とろみの強さ)を正確に求めることができます。
研究では、市販の白粥、玉子粥、小豆粥の流動特性を比較しました。
そして結果は以下の通りでした。
さらに、すべてのお粥が「シェアシニング性」を持つことが明らかになりました。
シェアシニング性とは、かき混ぜたり力が加わると粘度が低下する性質のことで、おかゆだけでなく、ヨーグルトやとろみ付き飲料もこの性質を有しています。
シェアシニング性は嚥下食にとって優れた性質だと言えます。
口の中で食べ物を動かすときは適度に柔らかくなり、飲み込む際には適切なとろみを保つため、誤嚥を防ぎながらスムーズに嚥下できるのです。
では、この「お粥の科学」は、どのように役立っていくでしょうか。
日本では高齢化が進むにつれて、嚥下障害を抱える人の数が増加しています。
厚生労働省の調査によると、嚥下障害に起因する誤嚥性肺炎の年間死亡者数は6万人を超えています。
また潜在的に嚥下障害を抱える人は推定100万人以上に達するとされています。
このような状況を受け、安全な嚥下食の提供がますます重要になってきています。
今回の研究で得られた「お粥の流動特性」に関する詳細なデータは、嚥下障害を持つ人のための食事設計に活用できるでしょう。
これまで経験則に頼っていた嚥下食の調整が、科学的なデータに基づいて最適化できるようになるのです。
例えば、患者ごとの嚥下能力に応じた適切なとろみを数値で設定することで、より安全で適切な嚥下食の提供が可能になります。
小豆や卵を加えるだけで粘度が変化するため、調整も簡単です。
さらに、お粥だけでなく、スープやヨーグルト、ジュースなどの流動食品にもこの技術を応用できる可能性があります。
今後、嚥下食のデータベースを作成し、個々の嚥下能力に応じたシミュレーションが可能になれば、高齢者や病気を抱える人々のQOL(生活の質)を向上させることができるでしょう。
お粥の科学によって、リスクを避け、多くの人の「食べる楽しみ」を支えていくことができるのです。
参考文献
お粥の”とろみ”を科学する~嚥下食の流動予測及び安全性向上に期待~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2025/02/post-1778.html
元論文
Rheology of fluid foods containing millimeter-sized ingredients examined by velocity-profiling-assisted rheometry and prediction of spreading and descending behaviors
https://doi.org/10.1122/8.0000919
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部