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たとえば、雑音が多くて内容を集中して聞き取りにくい状況ほど、耳介筋の電気的信号が強くなるのです。
また、耳を後方に引く後耳介筋(Auricularis posterior)は、音が被験者の後ろの方から聞こえるときにより活発でした。
これは犬などが気になる音に耳を向ける行動と似た反応だと言われています。
といったパターンが確認されました。
参加者のほとんどは「耳を自力で動かせない(動きを自覚できない)」人たちでしたが、筋肉そのものはしっかりと働いていたのです。
この結果は、退化しているように見えても、耳介筋とその神経回路は重要な音を聞こうとする際に無意識のうちに働いている可能性を示します。
これによって人間は前後左右に散らばる雑音の中からターゲットの音を認識しやすくなっているのかもしれません。
またもし耳介筋の活動を客観的な「聴取負担の指標」に使う研究が進めば、聞く努力が必要な状況をリアルタイムで検出し、より適切な補聴器の設計や調整につなげられるかもしれません。
たとえば、ユーザーが「聞こうと頑張っている」サインを補聴器が検出して、自動で雑音を制御するといった応用が考えられます。
研究チームは、この耳介筋の活性化を「本能的な注意力メカニズム」だと説明しています。
いわば私たちの脳が「耳をそばだてる」際に、いまだ残っている神経回路を無意識に動員している可能性があるのです。
こうした耳の筋肉について研究者たちは「耳介運動系は、退化してから2500万年を経て“最善を尽くしている”ものの、現代人が感じられるほどの動きは起こさないようです。
ですが神経回路は依然として存在し、“神経の化石”と呼ぶにふさわしいものです」と語っています。
また別の専門家は「耳介筋の活動を測定すれば、人がどれだけリスニングに集中しているか、その“努力”を客観的に評価できる可能性があります」と指摘。
今回の研究は参加者が比較的若い成人に限られていたため、高齢者やさまざまな聴力レベルを持つ人を対象にした追試実験が今後の課題として挙げられています。
また、目の動きや顔の表情など、耳介筋の活動に影響を与える可能性がある要因も今後は丁寧にコントロールする必要があると指摘されています。
さらに、実際に耳介筋が動くことでどの程度音の方向定位や聴き取りが向上するのか――あるいはまったく向上しないのか――といった機能評価も、追加の研究テーマとして期待されます。
元論文
Electromyographic correlates of effortful listening in the vestigial auriculomotor system
https://doi.org/10.3389/fnins.2024.1462507
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部