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私たち人間は、考えや理解、行動に矛盾を抱えることがあります。
例えば、前述した喫煙者は、「私はタバコを吸う」という認知と、「タバコを吸うと肺がんになりやすい」という認知を持っています。
「肺がんになりやすいのにタバコを吸う」という矛盾を抱えているのです。
「収入が少なく節約しなければいけない」のに、「ガチャ課金してしまう」という矛盾を抱える場合もあるかもしれません。
あるいは、「正直さが大切だ」と言いながら、「気まずい会話を避けるためにちょっとした嘘をつく」なんてことも見られます。
こうした心の矛盾状態には、「認知的不協和」という社会心理学的な名称があります。
認知的不協和とは、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガー氏によって提唱された言葉であり、「人が自身の認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またその時に覚える不快感」を意味します。
そしてフェスティンガー氏によると、人は認知的不協和を解消するために、矛盾する認知を歪め、自信の態度や行動を変更する傾向があると述べています。
これはどういうことでしょうか。
フェスティンガー氏の実験から考えてみましょう。
フェスティンガー氏は、認知的不協和が生じたとき、人は自分の態度をどのように変化させるのか調べるため、1959年にある実験を行いました。
参加者はスタンフォード大学に通う71人の男子学生です。
彼らには、単純で退屈な作業(ボードにピンを挿入するなど)を1時間続けさせました。
そして作業後、参加者は順番を待つ次の被験者(実際はサクラ)に対して「作業は楽しかった」と嘘をつくよう依頼されます。
この実験のポイントは、このつまらない作業に対して「楽しかった」と嘘の感想を言わせる点にあります。
フェスティンガーの狙いは、作業と自分の発言に矛盾が生じさせることで、意図的に認知的不協和を発生させることでした。
そしてこの不協和を参加者がどうやって解消させるかに着目しました。
ここで実験では参加者を2つのグループに分け、”嘘の感想を言ってくれたことに対して”それぞれ異なる報酬を支払いました。
1つのグループは「1ドル」、もう1つのグループには「20ドル」を支払らったのです。
その後、参加者に対して「本当にこの作業を楽しめたか?」と本音の感想を聞きました。
すると、20ドルをもらった参加者は、「作業は退屈だった」と答えたのに対し、1ドルしか貰えなかった参加者は「作業は意外と面白かった」と答える傾向が強かったのです。
(対照群として嘘の感想を言わせなかったグループは「退屈だった」と答えた)
ここで実験の流れと結果をまとめてみましょう。
では、なぜこのような違いが生じたのでしょうか。その理由をフェスティンガーは以下のように解釈しています。
このフェスティンガーの実験は、「人は自分の行動と信念が矛盾すると、無意識のうちに信念を変えて自分の行動を合理化しようとする」という認知的不協和の基本原理を示しています。
報酬が少ない場合、不協和を減らすために態度を変える(「作業は楽しかった」と思い込む)。報酬が多い場合、「お金のためにやった」と認識し、態度は変えない。
認知的不協和が生じると、人の心は強いストレス状態に陥ります。そのため人は心の健康を守るため、無意識にこの状態を解消しようと認知を歪めるのです。
では、このような認知的不協和の基本原理は、私たちの周りで見られる行動をどのように説明しているでしょうか。
私たちの身の回りでも、フェスティンガーの実験で示されたような認知的不協和の基本原理が見られます。
最初に示していた例から考えると、喫煙者の場合、「タバコを吸いたい」という欲求に対して、「肺がんになりやすい」という情報は認知的不協和を起こします。
そこで喫煙者は「タバコは肺がんになりやすい」という認知を歪め、「そんな事実はない」「我慢する方が身体に悪い」と考えることで気持ちよくタバコを吸えるようにします。
また、「タバコが肺がんを誘引する」のではなく、「肺がんになりやすい人がタバコに引き寄せられているだけ」と、タバコと肺がんの因果関係を否定するかもしれません。
「なるべく節約したい」のに「ガチャ課金したい」人の場合も同様で、「課金は無意味な支出」と考えると、せっかく楽しみでゲームを遊んでいるのにストレスが強くなってしまいます。
そこで、「節約ばかりしていたら心の方が貧しくなる。課金は食費と同じ必要な出費だ」「いいゲームだったから楽しませてもらった分のお礼をしているんだ」と認知の仕方を変えることで、行動のストレスを減らすのです。
加えて、イソップ物語の「酸っぱい葡萄」もこれに当たります。
この物語の中で、お腹を空かせたキツネは、木の高いところに「美味しそうな葡萄」を見つけます。
しかし、何度跳び上がっても届くことはなく、入手できません。
この矛盾を解消するため、キツネは狙っていた葡萄に対して、「酸っぱくて美味しくないに決まっている」と認知を変えるのです。
いくつかの例をあげましたが、こうした正当化の傾向は、多くの人に見られるものです。
主観的には、自分の中の矛盾を解決することでストレスを減らして暮らしていくための心の機能と言えますが、客観的には「誤った判断・主張」である場合が少なくありません。
当然ながら、これらの正当化は、健康リスクを無視したり、人間関係を悪化させたりするものにもなり得ます。
では、自分の中で生じる正当化の傾向を抑えるには、どうすればよいでしょうか。
正当化する傾向を少しでも抑えるためにできることはたくさんあります。
まずは、ここで学んだ「認知的不協和」について理解することが大切です。
自分に信念と行動に矛盾が生じた時に、それを解消しようとする衝動が生まれることを知っておくべきなのです。
また大前提として、「最初から正しい選択をする」意識を持つことができます。
正当化は認知の矛盾から生じるので、そもそも矛盾が生じるような状況は避けた方が良いのです。
また考え方で気持ちが楽になることもありますが、無理に今の状態を正当化することが、常に正しいこととは限りません。
「無理に今の状況を正当化していないだろうか」と、選択や行動を冷静に振り返り、間違いを認めることも大切なことです。
「なぜこの決定をしたのか」「本当に合理的な選択だったのか」「自分にとって都合のいい解釈をしていないか」「自分は間違っていたかもしれない」「考えを改めても良い」と自問するなら、認知的不協和を正しい方向に解消できるはずです。
加えて、信頼できる友人や同僚に「どう思う?」と尋ね、客観的な視点を取り入れることも大切です。
このような点を意識するなら、私たちのうちに生じる認知的不協和に上手に対処できるでしょう。
参考文献
Cognitive Dissonance and the Discomfort of Holding Conflicting Beliefs
https://www.verywellmind.com/what-is-cognitive-dissonance-2795012
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部