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この画像はドーソンが描いたプロトタキシーテスの復元画ですが、もろに木の形をしていますね。
しかし彼がプロトタキシーテスを木と思ったのも無理はありません。
というのもプロトタキシーテスの化石は最大8.8メートルもの高さに達し、直径も1メートルに及ぶような巨大なサイズだったからです。
こんなデカい化石は木以外に考えられなかったでしょう。
ところが1872年になって、イギリスの植物学者であったウィリアム・カールザース(1830〜1922)がこれに異議を唱えます。
というのもプロトタキシーテスの化石をどれだけ調べても、内外の組織が木とは全然違っていたからです。
また4億年以上前のシルル紀末〜デボン紀初めの地球では、クックソニアのような背の低い植物はいても、大木のような背の高い木はまだ登場していなかったからです。
それを踏まえて、カールザースは「わかった!プロトタキシーテスは木じゃなくて、でっけぇ海藻じゃないか?」との考えに至りました。
こうしてプロトタキシーテスをめぐっては「巨大な樹木説」と「巨大な海藻説」に分かれましたが、どちらも決定的な証拠がなく、それからなんと100年以上にわたって延々と議論が続けられることになります。
そんな中、2001年になってついに「プロトタキシーテスは木でも海藻でもなく、巨大な菌類じゃ!」と喝破した人物が現れます。
2001年、米スミソニアン国立自然史博物館の古生物学者だったフランシス・ユベール(1929〜2019)が「プロトタキシーテスは巨大な菌類である」という大胆な説を唱えました。
彼が化石の表面を入念に分析したところ、カビやキノコなどの菌類でのみ観察される特有の構造「菌糸(きんし)」が見つかったからです。
ただやはりと言うべきか「菌糸が見つかったのはいいとしても、そんなデカい菌類がいるわけないだろう」と異を唱える研究者が多く、ユベールの説は懐疑的に受け止められました。
ところが2007年に、ユベールの説を決定的に証拠立てる強い援軍が現れます。
米スタンフォード大学の古植物学者であるケビン・ボイス(1973〜)が、炭素の同位体分析から「プロトタキシーテスが菌類である」という科学的な証拠を提示したのです。
「同位体」とは元素は同じだけれど、中性子の数が違うもののことで、炭素には「炭素12・炭素13・炭素14」があります。
で、なんで炭素の同位体からプロトタキシーテスが菌類であるとわかったのか?
そもそも植物は私たちヒトや動物のように一人一人がまったく異なる食事をするのではなく、どれもが一様に空気中の二酸化炭素を吸って光合成をしながら生きています。
そのため、同じ時期の同じような環境に生息していれば、植物内に蓄積している炭素12と炭素13の比率が同じくらいになるのです。
しかしヒトや動物、菌類のように個々に色んな食べ物(有機物)を摂取して分解する生き物は、たとえ同じ種だったとしても、何をどれくらい食べたかによって、体内の炭素の同位体比が異なるのです。
わかりやすいイメージを挙げるなら、野菜や果物しか食べないベジタリアンと、動物や魚の肉しか食べない肉食主義者では、体内の炭素同位体比が違うわけです。
こちらはプロタキシーテスの復元画像になります。
このように、光合成によって自ら栄養素を作れる植物を「独立栄養生物」といい、植物や動物など他の生物を食べることで栄養を得るものを「従属栄養生物」といいます。
そしてプロトタキシーテスのさまざまな化石を調べた結果、個々に炭素の同位体比がバラバラであり、彼らがヒトや動物と同じ従属栄養生物であることが明らかになったのです。
これに彼らが菌糸を持っていることを踏まえ、「プロトタキシーテスは巨大な菌類と見て間違いないだろう」との結論が出たのです。
ではプロトタキシーテスが菌類だとして、どうしてここまで巨大化できたのでしょう?
また彼らはデボン紀末の約3億6000万年前に姿を消していますが、なぜ絶滅してしまったのでしょうか?
プロトタキシーテスはさまざまな化石の復元から、細長い塔状に伸び上がっていたことがわかっています。
このように周囲よりも背を高くすることで、胞子をより広い範囲に散布しやすくなり、繁殖を優位に進めやすくなったことが巨大化の要因として指摘されます。
そしてプロトタキシーテスの巨大化を可能にしたのは当時の環境でした。
デボン紀の陸地には小さな節足動物だけが生息しており、大型の脊椎動物も海から陸に進出し始めたばかりで、プロトタキシーテスを脅かすような天敵がいなかったのです。
そのため、プロトタキシーテスはガツガツ餌を食べながら成長し、高さ8メートルにまで巨大化できたと考えられています。
ところがデボン紀を通して昆虫が繁栄の道をたどり、デボン紀が終わりに差し掛かる頃には、地球は「昆虫の惑星」と呼べるほどに多様化しました。
すると俊敏に動くことも逃げることもできないプロトタキシーテスは昆虫たちに食べられるようになり、次第に巨大化も繁殖もできなくなって、ついには絶滅するに至ったのだと推測されています。
これですべての謎は解けた… かと思いきや、2010年になって再び「プロトタキシーテスは菌類じゃない!」との論争が巻き起こります。
その説を新たに唱えたのは米ウィスコンシン大学マディソン校の植物学者であるリンダ・グラハム女史です。
グラハムは「プロトタキシーテスは菌類ではなく、ゼニゴケだ」と主張しましたが、彼女の言い分はかなり面白い発想力を持ったものでした(NIH, 2010)。
確かにシルル紀末からデボン紀にかけて、地上には原始的なゼニゴケが広範囲にわたって広がっており、湿った地面の上を覆っていました。
グラハムによると、ゼニゴケのくっついた地面が強い雨風など、何らかの環境刺激によってペリッと剥がれ、重力によって坂道の下方向に転がり落ちていき、ゆっくりと丸まっていったという。
それはまるでレッドカーペットをくるくると丸めるようなものでした。
そうして化石化したものがプロトタキシーテスであり、グラハムに言わせれば、プロトタキシーテスの正体はゼニゴケのついた地面がバームクーヘン状に巻かれたものだというのです。
実際にゼニゴケで覆われた地面を丸めて顕微鏡で観察してみると、プロトタキシーテスと似た構造が得られたといいます。
彼女に説にもとづく復元画はこちらから。
これはこれで面白いのでアリだと思うのですが、今現在の見解としては、プロトタキシーテスを巨大な菌類と見る方が多くを占めています。
そうだとすれば、私たちがSF世界でたびたび遭遇する巨大キノコは単なるフィクションではなく、実際に過去の地球を覆っていたことになるでしょう。
参考文献
Fungus? Fungus.
https://magazine.uchicago.edu/1006/investigations/fungus.shtml
Giant Fungus Fed on Aquatic Microbes, Not Plants, Research Shows
https://www.unh.edu/unhtoday/news/release/2010/03/25/giant-fungus-fed-aquatic-microbes-not-plants-research-shows-1
Giant, Mysterious Spires Ruled the Earth Long Before Trees Did. What Exactly Are These Odd-Looking Fossils?
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/giant-mysterious-spires-ruled-the-earth-long-before-trees-did-what-exactly-are-these-odd-looking-fossils-13709647/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部