将来、人間への移植のために、動物の体内で臓器を育てる時代が来るかもしれません。


臓器移植が抱えるドナー不足や免疫拒絶反応といった課題を克服するための新しいアプローチです。


奈良先端科学技術大学院大学の研究グループは、胚盤胞補完法という技術を用いて、マウスの体内でラットの心臓を作ることに成功しました。


この技術の発展により、動物の体内でヒトの細胞を利用した臓器作製が進めば、従来の移植医療の限界を超える道が開けるかもしれません。


研究の詳細は2024年12月20日付で学術誌『iScience』に公開されています。




目次



  • なぜ「動物の体内で臓器を作る」方法が注目されるのか?
  • 動物体内で育てた臓器の課題と未来展望

なぜ「動物の体内で臓器を作る」方法が注目されるのか?


臓器移植は、命を救うための重要な選択肢の1つです。


しかし、世界中で臓器の需要と供給の間には大きなギャップがあり、供給は追いついていません。


特に、心臓移植の分野では、年間約4000~5000件の移植が行われている一方で、それ以上の患者が移植を待ち続けています。


このドナー不足は、移植を待つ患者とその家族にとって深刻な問題です。


こうした状況の中で、異種移植、すなわち他種動物の臓器をヒトに移植する方法が研究されています。


ブタはサイズや機能が人間に近いため異種移植に使用される / Credit:Canva

その代表例として、2022年2023年に米メリーランド大学の医療センターで行われたブタの心臓をヒトに移植する手術が挙げられます。


この手術では、人間からの心臓の移植が適応外となった心臓疾患を抱える患者にブタの心臓を移植しました。


移植されたブタの心臓は、人間の免疫システムによる拒絶反応を抑えるために、遺伝子操作を実施しています。


移植後、患者は一時的に安定した状態を保ち、数週間にわたって心臓が正常に機能しました。


しかし、どちらの患者もウイルス感染や免疫拒絶反応で患者が亡くなる結果となりました。


異種移植の最大の課題は、ヒト免疫システムによる拒絶反応です。


この問題を解決するために、ブタの特定の遺伝子を削除するなど、ヒト免疫系が攻撃しにくい状態を作り出す技術が採用されています。


しかし、こうした改良にもかかわらず、完全な免疫拒絶反応の回避には至っていません。


胚盤胞補完法は動物の胚に多能性幹細胞を注入し、臓器を作製する革新的な技術 / Credit:Canva

一方、動物の体内で臓器を作製する胚盤胞補完法は、このような問題を解決する技術として期待されています。


これまでの研究で、同種間 (例:マウスの胚にマウス由来の多能性幹細胞を注入) および異種間 (例:マウスの胚にラット由来の多能性幹細胞を注入) の胚盤胞補完法によって、腎臓や肝臓、膵臓など多くの臓器が作製されてきました。


胚盤胞補完法の発展により、動物の体内でヒトの臓器を作ることができれば、免疫拒絶反応の回避が可能かもしれません。


今回紹介する研究では、マウスの体内でラット由来の心臓を作製する実験が行われました。


それでは、具体的な研究成果と課題について詳しく見ていきましょう。


動物体内で育てた臓器の課題と未来展望


奈良先端科学技術大学院大学の研究グループは、胚盤胞補完法を用いて、マウスの体内でラットの心臓を作ることに成功しました。


この研究では、心臓が形成されないよう遺伝子操作を施したマウス胚盤胞にラットの多能性幹細胞 (ES細胞) を注入し、マウスの子宮内で発育させました。


その結果、ラット由来の心臓がマウス胚内で胎生12.5日目まで正常に機能することが確認されました。


しかし、胎生14.5日目以降では心臓の機能が失われ、胚の発育が停止することがわかりました。


マウス胚内でラット由来の心臓が動く様子 / Credit: Yuri et al. (2024) iScience (CC BY 4.0)

 


心臓の機能が失われる原因は、ラット細胞とマウス細胞の成長速度や異種間での細胞相互作用の違いが主な要因と考えられています。


今回の結果は、現段階では技術的課題が多く残されていることを意味します。


しかし、これらの課題が解決されれば、次のステップとしてヒトへの応用が視野に入ります。


患者自身の細胞を利用し、動物の体内で必要な臓器を作製することができれば、免疫拒絶反応を回避できる可能性があります。


つまり、胚盤胞補完法により、免疫拒絶反応やドナー不足といった従来の臓器移植が直面してきた課題を解決し、新たな移植医療の道を切り開くことが期待されます。


一方で、胚盤胞補完法がもたらす倫理的な壁もあります。


動物の体内でヒトの臓器を作製することに対する社会的な懸念や、実験動物の福祉を守るための適切なガイドラインの整備が挙げられます。


また、ヒトの細胞が混在する動物をどのように扱うべきか、倫理的な境界が曖昧になる問題も議論の対象です。


科学技術の進展と社会的価値観のバランスをどのように取るべきか、私たちの課題はまだ始まったばかりです。


胚盤胞補完法異種移植など臓器移植に関する研究がさらに進展すれば、臓器不足問題の解消や新たな医療技術の創出が期待されます。


この研究分野が未来の医療にどのような形で貢献するのか、今後の進展に大いに期待が寄せられます。


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参考文献

マウス体内でラットの心臓を持つキメラ動物の作製に成功(PDF)
https://www.naist.jp/pressrelease/241204.pdf

元論文

Blastocyst complementation-based rat-derived heart generation reveals cardiac anomaly barriers to interspecies chimera development
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.111414

ライター

岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。
好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。
趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 動物の体内でヒトの臓器を育てる未来が?移植医療の新たな可能性