腸内細菌は、人間が脳を大きく進化させるのに重要な役割を果たしていたようです。

脳はとても多くのエネルギーを消費する組織であり、脳が大きくなるほどエネルギーを必要とします。

しかし、人間の祖先が進化の過程でどのようにして脳の必要とする莫大なエネルギーを補ってきたのかは詳しくわかっていません。

今回、アメリカ・ノースウェスタン大学(Northwestern University)の新たな研究により、腸内細菌がエネルギーの生成と消費に影響を与え、脳の大型化を助けていたことがわかりました。

研究の詳細は、2024年12月2日付で科学誌『Microbial Genomics』に掲載されています。

目次

  • 脳は大食漢で偏食家
  • 腸内細菌はエネルギー生成と消費に影響していた

脳は大食漢で偏食家

体の大きさに対する脳の大きさを表す脳化指数(EQ)は、一般的に動物の知性の指標とされています。

脳化指数は、人間7.4-7.8、バンドウイルカ5.3、チンパンジー2.2-2.5、カラス1.25、イヌ1.2、ネコ1.0とされ、他の動物に比べて我々人間の脳がいかに大きいかがわかります。

人間は脳を大きく進化させることで、高度な認知能力や言語能力など様々な能力を獲得し、他の生物とは違った形で環境に適応してきました。

その反面、脳はエネルギーの消費量が多く、人間では1日当たり約400kcal消費しており、これは1日の消費エネルギーの約20%を占めます。

また、脳はグルコース(=ブドウ糖)を主なエネルギー源としています。

飢餓状態でグルコースが不足するなど緊急時のみケトン体という非常用エネルギーも使いますが、その他の組織がエネルギー源とする脂肪やタンパク質を直接利用することはなく、いわば「偏食」ともいえる特性を持っています。

そんな脳のエネルギー需要に応えるため、人間を含め脳化指数の高い一部の霊長類は、空腹時でも血糖値を一定に保ち、グルコースを安定供給する複雑な代謝の調整メカニズムを持っています。

脳の主なエネルギー源はグルコース / Credit: Pixabay

ではどのようにして、進化の過程で相対的に脳が大きい霊長類と小さい霊長類の間に代謝の違いが生まれたのでしょう?

過去の研究で、遺伝的要因や遺伝子の配列は変えず発現に影響するエピジェネティック要因が霊長類の種間で代謝の違いを生むという報告はありますが、これらだけでは十分に説明できません。

そこで注目されたのが腸内細菌です。

腸内細菌は多くの動物の腸内に生息しており、菌種ごとの塊は腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう、別名:腸内フローラ)と呼ばれ、宿主(=動物)の消化や免疫の補助、ビタミンなど栄養素合成、代謝調整といった様々な役割を担っています。

特に、腸内細菌が食物繊維とアミノ酸などの発酵から作る短鎖脂肪酸(SCFA)は、宿主のエネルギー源となり、食欲や満腹感の調整、脂肪の生成・貯蔵、グルコース-インスリン代謝による血糖値の管理など代謝のプロセスに影響します。

これらの影響により作られるグルコースが増え、脳に十分なエネルギーを供給できるようになるなど、腸内細菌が宿主の体の働きを変えることで脳の進化に関わってきたのではないかと考えられているのです。

腸内細菌の種類と働きは霊長類の種によってかなり異なるものの、この違いが種ごとの代謝や生活史にどの程度影響しているのかはわかっていません。

そこで研究者らは、脳の大きさが異なる霊長類において、腸内細菌の違いが代謝に与える影響を調べるため実験を行いました。

腸内細菌はエネルギー生成と消費に影響していた

実験では、脳が大きい霊長類である人間とリスザルの一種(Saimiri boliviensis)、脳が小さい霊長類であるマカクザルの一種(Macaca mulatta)の腸内細菌叢3種をマウスに投与し、定期的に体重や体脂肪率、空腹時の血糖値などを測定しました。

結果、脳が大きい種の腸内細菌叢を接種したマウスは、エネルギー消費量の増加、空腹時血糖値の上昇、エネルギー生成量の増加がみられました。

そのうえ、これらのマウスは、脳が小さい種の腸内細菌叢をもつマウスよりも多く餌を食べたにも関わらず、体脂肪率は低く、体重増加も少ない、太りにくいマウスになりました。

対照的に、脳が小さい種の腸内細菌叢を接種したマウスは、脂肪の蓄積と体重増加が顕著で、太りやすいマウスになりました。

分析すると、脳が大きい種の腸内細菌叢を接種したマウスではピルビン酸生合成やグリコーゲン分解などエネルギーを生み出すための経路が豊富であることがわかりました。

加えて、これらのマウスでは酢酸やプロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸の増加がみられました。

短鎖脂肪酸が体内で増えることで代謝に与える影響はいくつか考えられます。

例えば、酢酸の増加は脂肪生成を促しますが、プロピオン酸はこの酢酸の効果を阻害し、さらに、両方の濃度が上がると神経伝達物質やホルモンを介して、グルコースを作る経路である糖新生を促進します。

また、腸はエネルギーを多く消費しますが、酪酸を優先的にエネルギー源として使用するため、体内で酪酸が増えれば腸でのグルコース消費が節約でき、その分、脳にグルコースを供給しやすくなります。

つまり、脳が大きい種の腸内細菌叢は、脳へのエネルギー供給を優先するため、エネルギーの生成と利用を促進させるような代謝の調整を行い、エネルギーを脂肪として蓄えるのではなく、脳と他の組織間でのエネルギー配分を調節していたのです。

脳が大きい霊長類の代謝はエネルギー生成に偏っており、脳が小さい霊長類の代謝はエネルギー貯蔵に偏っている / Credit : Katherine R. Amato et al., Microbial Genomics(2024)

続いて、肝臓での遺伝子発現パターンを調べたところ、脳が大きい種の腸内細菌叢をもつマウスでは糖新生や脂肪生成、脂肪酸代謝など代謝に関連する遺伝子の発現に変化がみられ、遺伝子レベルでもエネルギーが優先的に脳に供給されるような調整が行われていると示されました。

今回の研究の興味深い点として、人間とリスザルは近縁ではないにも関わらず、実験結果はどちらも同じように代謝がエネルギーの生成と消費に偏りました。

これにより、脳の大型化によるエネルギー消費量増加に対処するため、腸内細菌が似たように変化した可能性を示唆しています。

つまり、腸内細菌は脳の大きさや機能に関連する代謝の変化に関与しており、脳が大きく進化する過程で重要な役割を果たしたことがわかります。

研究者らは今後、他の霊長類の腸内細菌を使った実験や腸内細菌が生成する様々な化合物と宿主の組織の相互作用に関するデータ収集なども行いたいとしており、さらなる謎の解明が期待されます。

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参考文献

How did human brains get so big? The answer could be in our gut
https://phys.org/news/2024-12-human-brains-big-gut.html

元論文

The primate gut microbiota contributes to interspecific differences in host metabolism
https://doi.org/10.1099/mgen.0.001322

ライター

門屋 希実: 大学では遺伝学、鯨類学を専攻。得意なジャンルは生物学ですが、脳科学、心理学などにも興味を持っています。科学のおもしろさをわかりやすくお伝えし、もっと日常に科学を落とし込むことを目指しています。趣味は釣り。クロカジキの横に寝転んで写真を撮ることが夢。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 人間の脳は「腸内細菌」によって大きくなった