- 週間ランキング
そこで研究チームは今回、男性の社会心理的な側面と自殺リスクとの関連性を調べることにしました。
本調査ではドイツ語圏に在住の男性約500名をボランティアとして募り、一連の質問票に回答してもらっています。
調査した項目は、伝統的な男性像をどれだけ持っているか、過去または現在に自殺願望を抱いたことがあるか、または実際に自殺行動を取ったことがあるか、抑うつ症状の状態などについてです。
まず、参加者の社会心理的な特性を分析したところ、大きく3つのタイプに分けることができました。
1つ目は「平等主義者(Egalitarian)」です。
このタイプの男性は例えば、「男はこうあるべき、女はこうあるべき」といった古い考えに固執することなく、「男女は平等であるべき」との柔軟な考えを支持しており、参加者の60%がこれに当てはまりました。
2つ目は「遊び人(Player)」です。
このタイプの男性は典型的な男らしさのイメージを強く持ってはいたものの、それはほとんど常に女性問題に関連することでした。
遊び人タイプが抱く男らしさは、女性の性的パートナーを多く持ったり、意中の女性のハートをつかむ上で重要視されていたのです。
参加者の15%がこれに当てはまりました。
最後に3つ目が「ストイック(Stoic)」です。
このタイプの男性は文字通り、社会地位的および経済的な成功のために「男は黙って働くべき」「辛くても感情を押し殺して、弱音を吐いてはいけない」「競争に勝つためにはリスクのある行動を取る必要がある」という伝統的な男性像を強く抱いていました。
参加者の25%がこのストイックタイプに当てはまっています。
そしてそれぞれのタイプと自殺リスクとの関連性を比較した結果、ストイックタイプは平等主義者タイプと比べて、自殺に走るリスクが2倍以上も高いことが判明したのです。
対照的に、遊び人タイプには自殺リスクの有意な増加は認められませんでした。
では、伝統的な男性像に縛られている人ほど、自殺しやすいのはなぜでしょうか?
研究者らは、伝統的な男性像に縛られるストイックタイプの心理がいかにして自殺願望や自殺行動を引き起こすかについて見解を述べています。
まずもってストイックタイプが抱く男性像とは、先ほど示したように「男は黙って働くべき」「感情を押し殺して弱音を吐かない」といった考えを基本とします。
そうなると例えば、仕事に行き詰まったり、お金もなく家族もできないなど、プライベートでも問題を抱えたりすると、ストレスや苦しみを胸のうちに閉じ込めて、自分だけで抱えてしまうことになります。
また「弱音を吐いてはいけない」との考えから、周囲に悩みを打ち明けたり、助けを求めることができません。
関係性の深い友人や恋人、親兄弟にさえ、「悩みを打ち明けたら自分が弱いと思われる」と考え、孤立感だけがますます深まってしまいます。
そして最終的に「問題は自分だけで解決しなければならない」との考えに至り、その解決方法として「自ら命を絶つこと」を選択してしまうのです。
ストイックタイプはこうした「男は強くあるべき」との信念にがんじがらめになるあまり、自らを死に追いやってしまう可能性が高いのだと研究者は指摘します。
また研究チームは興味深い点として、「伝統的な男性像を抱くストイックタイプは心理的ストレスに晒された場合、うつ症状のような典型的な精神疾患はあまり示さず、腰痛などの身体的問題の形となって現れる傾向があった」と話しました。
これはおそらく、ストイックタイプの男性にとって、うつ症状のような精神的な不調を訴えることが「心の弱さ」や「男らしさの欠如」とみなされるためではないかと考えられています。
その代わりに、ストレスによる不調は精神疾患ではなく、腰痛や頭痛などの身体的問題として訴えられやすくなるのだと考えられます。
研究チームはこれらの結果を受けて、自殺リスクに晒されている男性をいち早く特定するために今回の知見を役立てることができると考えています。
「男は感情を押し殺し、黙って働くべし」との考えを持ちながら、身体的な不調を訴えている男性は、もしかしたら自殺の危険性を知らせるSOSとなるかもしれません。
参考文献
Masculine Ideals Double Suicide Risk in Men
https://neurosciencenews.com/masculine-gender-role-suicide-28158/
元論文
Men’s Suicidal thoughts and behaviors and conformity to masculine norms: A person-centered, latent profile approach
https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2024.e39094
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部