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人類の影に対する理解は、常に光に対する理解と並行して進化してきました。
影の研究と利用は芸術と科学の歴史にも深く刻まれています。
たとえば演劇の分野では、影は影絵として世界中のさまざまな文化で数千年にわたり存在してきました。
両手を交差させた「カニ」や片手の小指を動かす「イヌ」の影絵は、誰もが一度は見たり試したりしたことがあるでしょう。
また美術の分野では、ルネサンス時代の影の研究が西洋絵画における写実主義の発展に大いに貢献しました。
原始的な芸術として知られる洞窟壁画や古代エジプトの壁画が影をあまり意識しない一方で、ルネサンス期以降の絵画ではあえて「影を描く」ことで物体を写真のように描くことに成功したのです。
天文学の分野でも、日食や月食が「影の仕業」であることが発見され、月と太陽の大きさや距離が測定されるようになりました。
古代ギリシャのエラトステネスは紀元前220年頃に、垂直に立てた棒が作る影が緯度の高さによって異なることから、地球の大きさを測定したと言われています。
また現代医学においても影の概念はX線撮影や断層撮影などの技術の根幹となっています。
X線やその他の電磁波が体内に照射されて「影」を作り出し、医師たちはその影の形を見て腫瘍の存在などを判断することができます。
そのため私たちは一般に、影は質量を持つ物体によって光が遮られて作られる「暗い領域」と定義しています。
しかしオタワ大学の研究者たちは今回、質量を持たないレーザー光線であっても、条件さえ適切ならば影を作れることを示しました。
通常、光は互いに相互作用せず、ましてや影に必要なほど互いに遮り合うことはありません。
よく晴れた日に懐中電灯をつけても、光線の下に影ができないのは誰もが見たことがあるでしょう。
SF「スターウォーズ」ではライトセーバー同士を打ち合わせるシーンが描かれますが、光の特性からすればライトセーバーはお互いにすり抜けてしまうのです。
しかし最近の研究では、光が通過する空気や水に代表される「媒体」に対して影響を与えることで、結果として光子間の相互作用を起こせることが明らかになってきました。
たとえば非常に強力な光は真空に対して分極を誘発させ、別の光が通過するはずの場に影響を与えると理論的に予測されています。
また特殊なガス(リュードベリ原子など)では原子が光の相互作用の仲介人として機能し別の光に影響を及ぼすことが実証されました。
さらに量子力学の不思議さを代表する二重スリット実験においては、1つの光子が左右2カ所のスリットを同時に通過し、左を通過した場合と右を通過した場合が互いに干渉を起こし背後のスクリーンにしま模様を形成することが知られています。
同じく量子力学の実験で有名なホン・オウ・マンデル干渉では、光子が干渉することで光子の密集が発生することが示されています。
このように人類の光子そのものや光が伝わる媒体に対する理解や技術が発展することで、適切な条件ならば光同士の相互作用と言っていい状態を作り出すことが可能になってきました。
そこで今回、オタワ大学の研究者たちは光の媒体としてルビーを使うことで、レーザー光線に影を落とさせる方法を考案しました。
実験装置は上の図(左)のように、第1の青色のレーザー光線と第2の緑色のレーザー光線をルビーの内部で直行させるように配置されています。
すると図の右に示すように、緑色のレーザーが通過した部分が青色の光を遮り、背後のスクリーンに影を落としていることが判明します。
また驚くべきことに、この様子は肉眼でも捉えることができ、緑色のレーザーを移動させると影も連動して動く様子が観察されました。
次のページでは「光が光の影を」作る仕組みを、ルビーの性質と共に解説します。
どうやってレーザー光線が光を遮り影を落としたのか?
先にも述べたように、光は自身が通過する媒体を仲介にすることで、別の光と相互作用を起こすことができます。
ただほとんどの媒体は、レーザー強度が高いと光の吸収を起こして飽和し透明体として働いてしまい、背景の光源よりもレーザー部分が明るく見える「光漂白」と言われる現象が発生してしまいます。
通常の媒体内部で強いレーザーで光源を放っても、周りの光源を遮るどころか効率よく光が伝わってしまい逆に「光って」見えてしまうわけです。
より簡単に言えば「光の前に光を通しても、まぶしくなるだけ」と言えるでしょう。
これでは影を作るどころではありません。
(※ライブステージでレーザーの通り道が見えるのは空気中の微粒子による光の散乱が原因であり、光漂白とは別の現象です。ただレーザーの通り道が「明るくなる」という点については同様だと言えます。)
光で光を遮りより暗い場所「影」を作るには、光漂白を起こさない特別な媒体が必要にります。
そこで研究者たちは宝石としても有名なルビーに目をつけました。
ルビーはレーザーの研究ではよく使われる材料であり、通常の媒体とは異なる奇妙な性質を持つことが知られていました。
実験ではこのルビーに対して2本のレーザー(青と緑)の出力を慎重に調節しつつ直行するように照射されました。
するとレーザーが交差する部分ではルビー内部の電子のエネルギー状態が激しく変動し、緑色のレーザーでエネルギーを与えられた電子は、青色のレーザーの光をより効率良く吸収できる現象が起こりました。
これは、ルビーの特殊なエネルギー構造と光の相互作用によって生まれる現象で、光が光の影を作る仕組みの基礎理論となります。
また生じた影の濃さを測定したところ、影のコントラストは最大で22%であり、これは晴れた日の木の陰のコントラストの値に匹敵します。
最後に研究者たちはこの結果がレーザーによる「影」と呼んでいいかを判断するために、影について以下の6つの条件を規定しました。
1:大規模な効果であること(巨視的であること)
2:肉眼で見ることができること
3:実際に物体が光を遮っていること
4:影の形が物体の形状を反映していること
5:物体の位置が動くと影も連動して動くこと
6:影が後ろにあるありふれたスクリーンの上で動くこと
そして今回の実験結果はこの6つを全て満たすとして「レーザーが光を遮り影を作ったと言える」と結論しました。
光はそれを通す媒体とは切っても切れない関係にあり、それは影も同じというわけです。
研究者たちは「この実験は影とは何かという私たちの理解を再定義するもので、適切な条件下ではレーザービームは影を落とすことができる」また「影を知ることは光を知ることでもある」と述べています。
今回の研究結果は将来的に、光で光を制御する仕組みを作る上で基礎となるでしょう。
参考文献
Scientists Discover Lasers Can Block Light And Cast a Shadow
https://www.sciencealert.com/scientists-discover-lasers-can-block-light-and-cast-a-shadow
元論文
Shadow of a laser beam
https://doi.org/10.1364/OPTICA.534596
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部