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こうした色が与える心理作用の他に、ニューロマーケティングには「視覚認知性」を応用したものがあります。
視覚認知性とは、簡単にいえば、ある対象物を目で見たとき・視界に入ってきたときにどれだけ認識しやすいかを示す指標です。
例えば、マクドナルドの看板はあらゆる色の中でも最も目立つ「赤色」と「黄色」を使っているので、雑多な街中でも目につきやすく、視覚認知性はとても高いといえます。
では、他の外食チェーン店のロゴの視覚認知性はどうなのでしょうか?
この問題を探るため、研究チームが有名外食チェーン店のブランドロゴを調べていたところ、他のブランドと異なる特徴を持つお店が1つだけありました。
それがサイゼリヤのロゴです。
他の外食チェーン店が1つのロゴに統一しているのに反し、サイゼリヤだけは日本語と英語の2タイプのロゴを使っていたのです。
しかも32名の学生に質問したところ、サイゼリヤの2つのロゴはどちらも非常に高い認知率を誇っていました(日本語ロゴは87.5%、英語ロゴは90.6%)。
日本語ロゴは緑バックに赤色のカタカナで「サイゼリヤ」と表記されており、英語ロゴは白バックに赤色のローマ字で「Saizeriya」と表記されています。
マーケティング戦略において知られている「コーポレートアイデンティティー理論」によりますと、1つのブランドに対しては1つのブランドロゴに統一するのが売上を上げるのに最も適切であるとされてきました。
これに反し、サイゼリヤは日本語と英語のロゴを長年使い続けた結果、どちらの認知度も極めて高くなり、マーケティング戦略においてもまったく不利には働いていないことが見て取れます。
どちらのロゴがメインなのかについて公式の発表はありませんが、メニューブックや公式文書の記載から察するに、英語ロゴがメインのようです。
一方の日本語ロゴは主に店舗や道路脇に立てられる広告看板によく使われており、サブ的な存在と見られます。
それでは、これらサイゼリヤの2つのロゴは視覚認知的にどのような特徴を持っているのか、チームが実験で検証してみました。
ニューロマーケティングにおいて視覚認知性を調べる際は「中心視野」による対象物の注視や視線の動きを測定します。
中心視野とは、目を動かさないで一点を見つめる固視点を中心にして左右に約30度以内の視野のことです。
つまり中心視野は主に、自らが意識的に対象物に焦点を当てたり、目で追っかけたりする視線を指します。
一方で、ブランドロゴの視覚認知には「周辺視野」が重要な役割を果たすと考えられています。
周辺視野とは、中心視野の外、具体的には左右35度より外側の視界に入る範囲です。
いわば「視界の端」であり、車の運転中など、中心視野の外側から来る車や歩行者に気づくのに重要な役割を果たします。
それはまた、道路脇の外食チェーン点のロゴ看板に気づくのにも重要でしょう。
しかし視覚認知性の研究ではこれまで、被験者の周辺視野による視覚認知を測定するツールがありませんでした。
そこでチームは中心視野ではなく、周辺視野での視覚認知を測定できる新手法「潜在的視線解析法(Covert EyeTracking:CovET)」を新たに開発(下図を参照)。
これを用いて、サイゼリヤの2つのロゴがどのように視覚認知されているかを検証しました。
実験には24名の学生が参加。
画面上に4つのブランドロゴが中心視野の左右上下に提示され、指定されたターゲットロゴがあれば手元のキーを押さず、ターゲットロゴがなければ素早くキーを押すというタスクに取り組んでもらいました(下図を参照)。
このとき、被験者の目の動きは高性能の視線計測器(Tobii Pro Spectrum)によってモニタリングされています。
そして実験のデータ分析をした結果、サイゼリヤの英語ロゴは中心視野を動かさないと視覚認知がしにくく、周辺視野では捉えずらいことが示されました。
下図の右がそれで、中心の水色は中心視野を示しており、同じ大きさの青丸は中心視野を英語ロゴに移動させたことを示しています。
ところが興味深いことに、日本語ロゴは中心視野を動かさなくとも、周辺視野で十分に視覚認知できていることが判明したのです。
下図の左がそのことを示しており、被験者は視点を完全に日本語ロゴに移さなくとも、周辺視野でサイゼリヤのロゴと認知できていることがわかりました。
以上を踏まえると、サイゼリヤのロゴが2つあることには大きな強みがあると研究者は指摘します。
例えば、サイゼリヤがメインの英語ロゴしか使わなかった場合。
店舗や道路脇の広告看板に英語ロゴを立てると、中心視野でじっくり見れば「おっ、サイゼリヤがある」と認識できますが、目の端にチラッと入ったくらいではそれと認識できず、お店をスルーしてしまう可能性があります。
一方で、日本語ロゴを広告看板として使うと、中心視野でしっかり見なくても、目の端にチラッと入っただけで「サイゼリヤあるじゃん!」と気づくことができるわけです。
つまり、サイゼリヤの日本語ロゴの視覚認知性の高さは、お客さんを惹きつける広告看板として打ってつけだと考えられます。
これは研究者たちの独自の答えであって、実際にサイゼリヤの経営者たちが意識してそうしたのかどうかはわかりません。
しかしサイゼリヤが日本国内における外食チェーン店のトップに君臨しているのは、こうした日本語と英語の2枚看板の力も大きいのかもしれません。
そんなこと経営者に聞けよ、と思う人もいるかもしれませんが、経営者がどう考えているにせよ実際にそれが有効であるかどうかはわかりません。
今回の研究は、2つのロゴを使い分けた場合の効果を定量的に測定する方法を見つけ出したという意味で、非常に意義深いと言えるのです。
参考文献
サイゼリヤのロゴは、なぜ日英2タイプあるのか? ~周辺視野による新たな視線解析法「CovET」で視覚認知を測ることに成功!~
https://www.chuo-u.ac.jp/aboutus/communication/press/2024/10/76991/
元論文
Visual Recognizability Evaluation for Brand Logos Using Covert Eye Tracking (CovET) Combined with a Go/No-go Task
https://doi.org/10.5057/ijae.IJAE-D-24-00019
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部