石油は、数億年前の生物の遺骸がもとになり長い年月をかけて地中で生成された、というのが一般的な理解だと思いますが、「石油は生物起源ではない」という学説を聞いたことはないでしょうか。

この石油無機起源説については、1870年代に元素の周期律表で有名なロシアの化学者メンデレーエフが提唱したことが始まりで、旧東欧諸国では古くから定説とされていた学説です。

その後、東西の対立もあり、この学説はあまり顧みられることもなかったのですが、有名な米国の宇宙物理学者であるトーマス・ゴールド(Thomas Gold)が、2003年にScientific American誌に発表したことで、西側諸国でも注目を浴びることになりました。

彼の説く石油無機起源説は、地球が最初から貯蔵しているメタン(CH4)から地球内部の高温・高圧の環境下で放射線の作用(放射線分解触媒として作用)等により石油が生成された、というものです。

無機起源説の学者は、生物が存在しない地層から石油が採れることや、石油にヘリウム、ウラン、水銀等が含まれていることなど、生物起源説では説明できない点を指摘しています。

この学説は、どのような根拠があって、どこまで認知されているのでしょうか。

この記事では、主に実験的検証や地質学的根拠に基づいて近年の石油無機起源説の動向について紹介します。

石油の無機起源説の研究動向については、『石油技術協会誌80巻第4号』に掲載されています。

目次

  • 無機起源説によれば石油は今も地球内部で作られている
  • 無機起源説の根拠
  • 無機起源説の意義と将来展望

無機起源説によれば石油は今も地球内部で作られている

石油の起源については、長らく生物起源説が主流でした。

これは、地球上に生息していた古代の動植物が死んで堆積し、その有機物が地下で熱や圧力を受けて石油や天然ガスに変化したというものです。

一方で、近年注目を集めているのが「石油の無機起源説」です。

無機起源説は、地球のマントル内において、高温・高圧の条件下で石油の起源物質であるメタン(CH4)等が化学変化を起こし、より重い炭化水素(石油の成分)が生成されたとする考え方です。

下図に示すように、その炭化水素は、現在も地球のマントル内で自然に生成され、地殻を通じて上昇し、断層や割れ目を通って多孔質の岩石に吸収されて、油田やガス田が形成されると考えられています。

地球上では、火山地帯や活断層からマントル由来のヘリウムや二酸化炭素が放出されることが観測され、地球内部のガス成分の放出経路となっています。

この理論に基づけば、石油や天然ガスの蓄積は単なる地質現象であり、この地球内部からのガス放出プロセスの一環であるとの解釈です。

無機起源説では、従来の生物起源説とは異なり、石油資源が地球内部から供給されるため、より広範囲かつ深い場所にも存在する可能性があると考えられています。

マントル層で生成された炭化水素を含む流体が地殻付近まで上昇して石油、天然ガスの貯留層を形成します。/ Credit : Vladimir G. Kutcherov et al., Reviews of Geophysics(2010)

 

無機起源説の根拠

実験室で石油の合成が再現できた!

無機起源説を支持する大きな理由の一つは、実験的な裏付けです。

最近まで、石油の無機起源説を受け入れる上での障害は、地球の上部マントルの条件下で複雑な炭化水素系を合成できる可能性を裏付ける、信頼性が高く再現可能な実験結果が得られていなかったことでした。

この説では、炭化水素の合成には、「十分な高温・高圧」、「炭素と水素の供給源」、「熱力学的に好ましい反応環境」の各条件を必要としています。

炭化水素は、地球のマントル内で高温・高圧の状態下で自然に作られることが確認されています。

具体的には、600℃から1500℃の温度と、20〜70気圧という圧力の環境で、炭化水素の分子が結びついて石油の主要な成分が生成されます。

石油成分となる炭化水素を作るためには、起源物質であるメタン、炭素および水素が必要ですが、これらの物質は地球のマントルに豊富に存在しています。

炭素は二酸化炭素や黒鉛マグネサイトカルサイトなどから供給され、水素は水や鉱物中の水酸基から得られます。

また、この反応を進めるために必要な還元作用(触媒)は、マントルに含まれる酸化鉄(FeO)が担っています。

実際の実験では、下図に示す大型の高圧装置を使い、メタン(または炭素と水素)を起源物質として50気圧と1200℃の条件下で重合させて、複雑な炭化水素の化合物が生成されることを確認します。

この重合とは、小さな分子が化学反応によって繰り返し結合し、高分子と呼ばれる大きな分子を形成する反応を指します。

その結果、アルカンアルケン芳香族炭化水素など、自然の石油に含まれる成分が生成されました

これにより、石油が無機的に作られるという仮説が検証されています。

また、冷却速度を変えた実験では、速度が遅いほど重い炭化水素が多く生成されることが確認されました。

これは、冷却速度が遅いと、分子がゆっくりと再配置される時間が増えるため、単純な炭化水素が結合して複雑で重い液体状の炭化水素(石油に含まれる成分)が生成されると考えられています。

これらの結果から、上部マントルの環境下では複雑な炭化水素が同時に作られる可能性が示されています。

石油生成の再現実験(59気圧、1200℃)で用いられた高圧装置 / Credit : Vladimir G. Kutcherov et al., Reviews of Geophysics(2010)

無生物の地層(非堆積岩)で存在する石油?

無機起源説では、石油やガスの水平移動を否定しています。

通常、油田やガス田は地下の多孔質の岩石中に蓄積されますが、無機起源説では、これらの炭化水素はマントルから直接供給されると考えられています。

地殻に深い断層や割れ目が存在する場合、マントル内にある高圧の炭化水素を含む流体がその割れ目を通じて上昇し、地表に近い場所で蓄積されるとされています。

この理論を支持する証拠の一つが、カナダのアルバータ州やアメリカのコロラド州にある巨大なガス田です。

これらのガス田は、地質学的に生物起源のガス田とは異なり、深部から直接供給されたガスが蓄積していると考えられています。

さらに、石油や天然ガスが生物起源説であるという常識を覆す新たな証拠が、地球最古の地層から次々と発見されています。

それは「先カンブリア時代楯状地(たてじょうち)」です。

この楯状地の地層は、先カンブリア時代の結晶片岩片麻岩花崗岩等から構成されています。

この古代の岩盤から発見される豊富な石油と天然ガスは、一体どこから来たのでしょうか。

先カンブリア時代とは、およそ5億4100万年以上前の時代で、生物の化石がほとんど残っていない時代です。

生物起源説では、石油のほとんどがジュラ紀から白亜紀(約2億年前~6千万年前)に生成されたとしています。

つまり、先カンブリア時代に石油や天然ガスが存在するのは、従来の「生物起源説」では説明がつかない現象なのです。

では、実際にどのような場所で発見されているのでしょうか。

さっそく、世界各地の「先カンブリア時代の楯状地」で見つかった石油と天然ガスの存在状況を確認していきましょう。

 まずは、南アフリカのカープバル・クレートンにある古代の火成岩と変成岩には、驚くほど豊富な天然ガスが存在しています。

なんと1958年までに、鉱山の中で190回以上もの炭化水素ガスの爆発が記録されていたのです。

さらに、ウガンダのアルバート湖周辺では、巨大な油田が発見されており、その石油資源は210万トンにも上ります。

周辺には「石油のもと」となる堆積岩は見つかっておらず、この石油の起源は謎のままです。

 次にバルト海では、深さ6800メートルもの先カンブリア時代の花崗岩層から石油が発見されました。

この地域では、アルカンなどの炭化水素が豊富に含まれているビチューメン(天然の石油物質)が採掘されており、さらに深度8000メートルでも油浸火成岩(マントルから流れ出た石油や天然ガスの浸透を受けた火成岩)が見つかっています。

この現象は、火成岩の隙間や割れ目に石油が浸透し、そこに蓄積されることによって起こります。

生物起源説では、この石油がどこから来たのかは依然として謎です。

ウクライナでも、先カンブリア時代の地層から液体の原油が見つかっています。

この地域では、結晶質岩盤に石油が含まれており、深さ380メートルから900メートルにかけて採取された岩石にはメタンも豊富に含まれていることが確認されています。

これらの先カンブリア時代の地層からの発見は、石油が必ずしも生物由来でない可能性を示唆しています。

堆積岩が存在しないにも関わらず、豊富な石油と天然ガスが発見されるという現象は、従来の生物起源説では説明できません。

このことは、石油が地球の深部、マントルから生まれた無機的な産物である可能性を強く示しています。

もしこの仮説が正しければ、地球にはまだまだ私たちが知らない石油が無尽蔵に眠っているかもしれません。

無機起源説の意義と将来展望

石油の無機起源説は、従来の石油資源に関する考え方を大きく変える可能性を秘めています。

生物起源説では、石油は有限の資源であり、いずれ枯渇するとされていますが、無機起源説によれば、石油は現在も地球内部から供給され続けるため、地球が存続する限り無尽蔵であるということになります。

また、無機起源説に基づく探査技術が進展すれば、従来の油田では見つけられなかった新しい油田やガス田を発見できる可能性も高まります。

これにより、エネルギー資源の安定供給が可能になり、世界のエネルギー問題に対する解決策となるかもしれません。

無機起源説はまだ議論の余地があるものの、これまでの実験結果や地質学的根拠は、この理論の正当性を裏付けるものとなっています。

この無機起源説によって、今後の石油探査は大きく変わるかもしれません。

従来の方法では探せなかった、新しい石油の埋蔵地が見つかる可能性が高まります。

地質学的な調査や物理的な実験結果が、この説をさらに強力にサポートしています。

これにより、石油が枯渇するという不安が減少し、新しいエネルギー資源の探査方法が開発されるかもしれないのです。

これまでの常識では、石油は限られた資源であり、いずれは枯渇すると考えられていました。

しかし、この「非生物起源の石油説」が正しければ、地球の寿命が続く限りまだ無尽蔵のエネルギー資源が存在していることになります。

マントルから湧き出る「無限の石油」によって、新たなエネルギー時代を切り開けるかもしれません。

 

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参考文献

石油の無機起源説に関する最近の進展
https://www.jstage.jst.go.jp/article/japt/80/4/80_275/_pdf

元論文

Deep-seated abiogenic origin of petroleum: From geological assessment to physical theory
https://doi.org/10.1029/2008RG000270

ライター

鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。

編集者

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 石油はなぜ枯渇しないのか? 石油無機起源説の検証