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英エクセター大学(University of Exeter)、日本・基礎生物学研究所(NIBB)らの最新研究で、2匹のクラゲ様生物「ムネミオプシス・レイディ」を傷つけて放置すると、互いに融合して1匹になるという驚愕の発見が報告されました。
しかも単にくっつくだけでなく、神経系までが融合して、完全に1匹の個体として動くようになっていたのです。
ただムネミオプシス・レイディは体が傷つくと、赤ちゃんの状態に戻って、再び成長をやり直す能力を持っています。
それなのにどうして「2匹が1匹になる」という選択をするのでしょうか?
研究の詳細は2024年10月7日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
目次
ムネミオプシス・レイディ(Mnemiopsis leidyi)は有櫛動物(ゆうしつどうぶつ、クシクラゲ類とも)というグループに属しており、勘違いされやすいのですがクラゲではありません。
クラゲは刺胞動物(しほうどうぶつ)の一グループです。
ムネミオプシス・レイディは体長10センチほどで、南北アメリカ大陸の大西洋沿岸を原産地としていますが、現在ではヨーロッパの海域にも広がっています。
彼らは繊毛が数万本も束ねられてできた「櫛板(くしいた)」という運動器官を持っており、これを動かすときに光の反射の加減が変わることで虹色にピカピカと光ります。
その姿はまるでUFOのようです。
実は今年8月に報告された研究で、ムネミオプシス・レイディは”若返りの秘術”を持っていることが示されました。
彼らの生活環(ライフサイクル)は、最初に両親の交配によって生じた「受精卵」からスタートし、24時間かけてふ化した自由遊泳性の幼生「シディッピド(cydippid)」となります。
シディッピド期間には獲物を捕らえる2本の長い触手がありますが、成長するにつれてなくなり、「ローベイト(lobate)」と呼ばれる成体となります。
ところがノルウェー・ベルゲン大学(University of Bergen)の研究で、成体のムネミオプシス・レイディを飢餓状態にさせたり、一部組織を切り取って傷つけたりすると、シディッピドの状態に戻って、そこから再びローベイトへの成長をやり直したのです(BioRxiv, 2024)。
これは体が傷つくたびに何度も繰り返すことができ、理論的に言うと、ムネミオプシス・レイディは「不老不死」の能力を手にしていると見ることができました。
同じ能力を持っているのは他にベニクラゲくらいです。
これだけでもムネミオプシス・レイディが自然界で特別な存在であることがわかりますが、さらに驚くべき新能力が明らかになりました。
それが仲間同士のフュージョンです。
ムネミオプシス・レイディの新能力は偶然に見つかったものでした。
研究室の海水タンクでムネミオプシス・レイディの集団を飼育していたときのこと。
ある日、研究者が海水タンクを様子を観察したところ、1匹だけ特に大きな個体がいることに気づいたのです。
しかもその個体は単に大きいだけでなく、胴体が2つあり、明らかに2匹の個体がくっついていることを示していました。
このことから研究チームは「ムネミオプシス・レイディは互いの体を融合させる能力を持っているのではないか」との仮説を立て、実験を開始することに。
まず20匹のムネミオプシス・レイディを用意し、体の組織の一部をスライスして切り取ります。
次に2匹のペアを計10組作り、そのペアごとに同じ水槽内に入れて一晩寝かせてみました。
すると翌日、非常に驚くべきことに、10組中9組のペアが互いの体をくっつけて1匹になっていたのです。
驚きはそれだけに留まりません。
そのプロセスをよくよく観察してみると、傷ついた2匹の個体はわずか数時間で互いにくっつき、最初はそれぞれの体が独立して動いていましたが、2時間後には動きが完全に同期するようになったのです。
こちらは片側の個体を突っつくと、反対側の個体も反応することを示した動画になります。
※ 音声はありません。
この映像から分かるように、彼らは合体後、互いの神経系までも融合させて完全に1匹の個体として動けるようになっていたのです。
さらに神経系だけでなく、2匹の消化器官も融合しており、餌を片側の個体に与えると、餌が隣の個体の消化器官にも運ばれて、2匹とものお尻から消化されたウンチが排泄されたのです。
合体から2時間後には全身の筋収縮の95%がシンクロするようになっていたといいます。
では、若返りの秘術を持つムネミオプシス・レイディが「再生」ではなく「合体」を選んだのはなぜでしょう?
それについて研究者らは「傷ついた2匹が互いに融合する方が、1匹の再生に比べて損傷からの回復がはるかに早くなることが要因でしょう」と指摘します。
ケガをした個体が幼生に戻って、そこから再び成体となるには少なくとも数週間はかかります。
しかし仲間同士の合体であれば、わずか数時間で済むのです。
これは常に天敵に狙われる厳しい野生下では大きなメリットとなるでしょう。
またチームは仲間同士の完全な融合が可能な理由について、「ムネミオプシス・レイディに自己意識をコントロールする脳中枢がないことが関係しているだろう」と話します。
例えば、一つのイメージとして、2人の人間が頭から下の半身を失ってしまい、お互いに体を合体させた場合。
人間には自己意識をコントロールする脳がありますから、合体後も2人の人格が残っており、それぞれに体の所有権があります。
この状態では体の動きが同期せず、一方が「おい、こっちに行くぞ」と言えば、もう一方が「いや、俺はあっちに行きたい」と意思がバラバラに働いてしまうのです。
しかしムネミオプシス・レイディにはそもそも脳中枢がなく、神経系と外部刺激との相互作用による本能的な反射反応によって動いているため、仲間同士のすんなりとした完全なる融合が可能なのだと考えられます。
一方でチームはこの合体が野生下でも起こり得るかどうかを確認できていません。
広大な海では傷ついた仲間同士が互いに近くにいないケースが普通にあるため、実験下に比べて合体は起こりにくいと考えられます。
チームは今後、野生下でも2匹の合体が起こるのか、そして2匹の神経系はどのように融合していくのかを明らかにしたいと考えています。
参考文献
These Freakish Ocean Creatures Can Combine as One When Injured
https://www.sciencealert.com/these-freakish-ocean-creatures-can-combine-as-one-when-injured
After injury, these comb jellies fuse together to become one
https://www.scimex.org/newsfeed/after-injury-these-comb-jellies-fuse-together-to-become-one
元論文
Rapid physiological integration of fused ctenophores
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.07.084
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部