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日本でも古くからマジックマッシュルームが知られていたようで、12世紀の『今昔物語』には「山で道に迷った女たちが空腹のためにキノコを食べたところ、踊りたくてしょうがなくなった」との逸話が記されています。
このようにマジックマッシュルームは世界中の温暖・多湿な場所に広く自生しており、人々に向精神薬として用いられてきました。
特に医療が発達した現代では、マジックマッシュルームの治療効果が注目を集めており、適量の摂取であれば、うつ病や不安症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の改善に効果があることが示されつつあります。
ただ、毒と薬は紙一重の存在です。マジックマッシュルームの使用による深刻な幻覚作用と、それに伴い事故を招くケースも数多く報告されています。
例えば、日本で確認されているケースだと、
・マジックマッシュルーム粉末の摂取後、強い幻覚作用で「空が飛べる」と思い込み、自宅の2階から飛び降りて重症(平成12年)
・睡眠薬と一緒にマジックマッシュルームを服用し、意識不明の重体(平成13年)
・生のマジックマッシュルームを食べた後、車の運転中に「自分は死ななければならない」という気持ちに駆り立てられ、他の車に追突して交通事故(平成13年)
などが知られています(東京都保健医療局)。
日本ではかつてマジックマッシュルームを入手すること自体は合法でしたが、こうした一連の事故・事件を受けて、2002年(平成14年)からシロシビンを含有するキノコ類を「麻薬原料植物」と認定し、故意の使用・所持を「麻薬および向精神薬取締法」によって厳罰化しました。
マジックマッシュルームの法規制は世界でも広く進んでいますが、それでも法の網をすり抜けて個人的に入手し、幻覚作用による事件・事故が続いています。
そして今回、オーストリアで報告されたケースは過去に前例のない悲惨なものでした。
オーストリア在住の匿名男性(37歳)は以前から重度のうつ病とアルコール依存症を患っていました。
事故当時、男性は人里離れた別荘に一人で冬季の滞在をしていたといいます。
ある夜の午後9時頃、男性はマジックマッシュルームを一度に4〜5個摂取し、強烈な幻覚症状に襲われました。
そして手元にあった斧で自らの男性器を複数回にわたり切断するに至ったのです。
男性は強烈な痛みで正気に戻ったものの、何が起こったのか完全には覚えていなかったため、事故当時の詳細は不明だといいます。
男性は出血を抑えるために性器の根元を布で縛り、切断された陰茎部は雪を詰めた瓶の中に入れたという。
その後、男性は助けを求めて別荘を出ました。
そこで通行人が大量に血を流しながら錯乱した状態の男性を見つけ、救急隊に連絡。
男性は一度近くの村に搬送された後、緊急手術を受けるため、フェルトキルヒ病院に運ばれました。
この時点で切断事故から約5時間が経過しており、男性はかなりの失血から危篤状態にあったといいます。
医師チームは直ちに緊急オペを開始し、止血および輸血、そして性器の再縫合手術を行いました。
しかしながら切断された陰茎部は土と雪で汚染されており、一部は修復不能なまでに損傷していたといいます。
それでもチームは陰茎部を慎重に洗浄し、再建できる部分だけを性器の根元と縫合。
その結果、元の長さよりは大幅に短くなったものの、奇跡的に性器の修復手術は成功しました。
男性には術後も幻聴や妄想などの症状が続いたため、精神科に移り、幻覚を抑える治療薬が投与されています。
ただ精神状態は徐々に安定し、術後から1週間後には泌尿器科に戻り性器の回復治療を受けました。
男性の性器にはいくつかの合併症(亀頭の皮膚組織の部分的な壊死)が生じましたが、時間の経過とともに治癒しています。
驚くべきことに、男性は術後3カ月には勃起機能をある程度回復させ、通常通り排尿もできるようになったとのことです。
しかし今回の症例は、幻覚剤の個人的な乱用が悲惨な事故につながりかねないことをまざまざと思い起こさせます。
マジックマッシュルームの摂取で自らの性器を切断したケースは初めてではありますが、幻覚症状は人をここまで狂気に走らせることがあり得るのです。
マジックマッシュルームに含まれるシロシビンのような麻薬成分は医療目的に正しく用いれば、私たちの味方になってくれますが、個人的な利用はくれぐれもやめるべきです。
参考文献
Man amputates penis with an axe after consuming psilocybin mushrooms
https://www.psypost.org/man-amputates-penis-with-an-axe-after-consuming-psilocybin-mushrooms/
元論文
Penile Replantation after Self-Amputation Following Psilocybin-Induced Drug Psychosis(PDF)
https://megajournalofsurgery.com/wp-content/uploads/2024/09/MJS-79-2016.pdf
※切断部分や手術の写真などが含まれます。閲覧にはご注意ください。
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部