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海洋微生物は、抗生物質としてだけではなく、がん治療にも適用されつつあります。
研究によると、海洋微生物が生成するポリケチドなど70種類以上の化合物が、がん組織に選択的に作用し、その増殖の進行を抑えるとされています。
ストレプトマイセス属から作られるストレプトデプシペプチドP11AとP11Bという化合物は、脳腫瘍の成長を遅らせる効果が確認されました。
これらの物質は、がん細胞の代謝酵素に作用し、細胞増殖を止めて細胞死を引き起こします。
なんと、海洋微生物が脳腫瘍の進行まで抑えてくれるのです。
また、シアノバクテリアという藍藻(ラン藻)も見逃せません。
これらのバクテリアは、光合成によってエネルギーを生成しながら、強力な抗菌、抗ウイルス作用を発揮する化学物質を生み出しています。
黄色ブドウ球菌に対する増殖の阻害作用や、ヒト免疫不全ウイルスの逆転写酵素を阻害する物質まで作り出せるのは驚きです。
特に、海洋シアノバクテリアからは、極めて低濃度でがん細胞の増殖を抑える新しい化学物質イエゾシドが発見され、抗がん剤としての使用も検討されています。
さらに、がん治療でも注目されているのが、海洋放線菌ミクロモノスポラ属が作るデプシペプチドのチオコリン。
これは、DNAポリメラーゼ-α(遺伝子情報を複製する酵素)を阻害し、がん細胞を攻撃する力があると考えられています。
また、西インド諸島バハマの深海で採取され、サリニスポラ属から作られた、サリノスポラミドAという化合物は、多発性骨髄腫、リンパ腫等の治療薬として実際に臨床試験中です。
これら海洋微生物が抗生物質だけでなく、未来の抗がん剤として使われる日も近いかもしれません。
これまでの研究では、抗がん剤として海洋微生物が作り出す新しい化合物は、限られた種類しか報告されていませんが、その可能性はまさに無限大です。
未開拓の海洋では、これからの研究次第で私たちがまだ想像もつかない新しい治療法や薬が次々と発見されるかもしれません。
まさに、深海に眠る「未来の医薬品の宝庫」と言えるでしょう。
海洋微生物が作り出す驚くべき新しい薬の可能性については、抗菌剤、抗ウイルス剤、さらには抗がん剤としての利用が期待され、未来の医療を変える力を秘めています。
しかし、これだけではありません。
海洋微生物は、「天然の抗菌物質」として広い用途を持っています。
海洋中のバイオフィルムは、細菌や藻類、真菌などの微生物が集まって作る薄い膜のようなものです。
これらはまるでミニチュア版の生態系のように働き、海洋生物の一部として重要な役割を果たしています。
しかし、海水パイプや船底にこのバイオフィルムが付着すると、エネルギー効率が悪化し、設備の寿命が縮まることがあります。
さらに、バイオフィルムには病原性の微生物も含まれているため、それが広がると健康リスクも増加します。
現在のバイオフィルム対策としては、物理的な除去や化学的なコーティング剤が一般的に使われていますが、これらの方法は環境に悪影響を及ぼすこともあります。
例えば、有機スズや酸化銅といった化学薬品はバイオフィルムの発生を抑制しますが、同時に海洋生態系に悪影響を与えるリスクも持っています。
そこで、注目されているのが「天然の抗菌物質」です。
これは海洋微生物が自身の代謝活動を通じて生成するもので、環境に優しく、低毒性かつ生分解性があるため、従来の化学薬品に代わる新たな選択肢として期待されています。
海洋微生物から得られる化合物は、将来的に私たちの生活や医療の現場で重要な役割を果たすことが期待されています。
特に、抗生物質の耐性や新興ウイルス、がんなどの難治性疾患に対しては、新たな治療オプションが提供されるでしょう。
地球上には、私たちがまだ知らない役に立つ物質がたくさん潜んでいます。
自然界から得られる新薬の開発に大いに期待しましょう。
参考文献
慶應大学、(財)がん研究会、東京大学および弘前大学プレスリリース
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2022/6/13/220613-1.pdf
元論文
Study of marine microorganism metabolites : new resources for bioactive natural products
https://doi.org/10.3389/fmicb.2023.1285902
ライター
鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。