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ミドリムシが生成する油脂成分は、炭素数が14前後の脂肪酸やアルコールから構成されており、既存のジェット燃料や軽油の成分に近いとされています。
既存の化石燃料と同じような特性を持つため燃焼時のエネルギー効率も十分です。
また、注目すべきなのは、ミドリムシがバイオ燃料に用いる他の生物と比較して油脂生成を効率よく行えるということです。
それでは、なぜミドリムシは細胞内で油脂を生成できるのでしょうか。
通常、ミドリムシは光合成や有機炭素源を利用してエネルギーを得ていますが、窒素や酸素が不足するような環境ストレスにさらされると、細胞内にエネルギーを蓄えるために、特有の代謝経路であるワックスエステル発酵回路が活性化します。
バイオ燃料になるワックスエステルは、ミドリムシがエネルギーを必要とする際に分解して、再利用する貯蔵エネルギーとしての役割を果たしています。
ミドリムシにとっては、環境が悪化すればするほどこのワックスエステルを細胞内で多く生成しようとするわけです。
言い換えれば、バイオ燃料へ活用するには、このミドリムシの自己防衛機能をできるだけ強化すればいいのです。
そのためには、細胞内に油脂成分を多く含むミドリムシの品種を改良することが必要になります。
ミドリムシは、光合成を通じて栄養を蓄積し、その過程で油脂を生成します。
バイオ燃料の製造に向け、油脂の生成量を増やすためのミドリムシの品種改良では、一般に次の2つの方法が用いられます。
1つ目の、突然変異を用いる方法は、放射線や化学物質を使ってDNAに傷をつけ進化を誘発します。
もし突然変異によって油脂生成能力が高まった株ができれば、それを選んで育てていきます。
2つ目の遺伝子操作を用いる方法は、ミドリムシの遺伝子に特定の変化を加えることで、油脂の生成に関わる酵素の働きを強化します。
例えば、脂肪酸の生成を促進する遺伝子を活性化させたり、不要なエネルギー消費を抑えたりすることで、より多くのエネルギーを油脂生成に使えるように改良します。
しかし品種改良を行うにあたり、ミドリムシの持つ植物の特性が弊害となってきます。
ミドリムシは遺伝子セットが多くなる(多倍体)という植物の特性を持つので、遺伝子操作を同時に行うことが難しく、見た目や性質の変化が起こりにくいとされているのです。
このことを踏まえ、研究グループは、重イオンビームという高エネルギーの放射線を利用して、ミドリムシの変異体を作るという「1つ目の方法の強化版」を採用しています。
強力なビームでミドリムシの遺伝子を一気に切り刻んで、見た目の変化がすぐにわかるようにするわけです。
ミドリムシたちにとっては試練の時となりますが、生き延びて選別に耐えれば、バイオ燃料のための家畜化という、自然環境より幾分か恵まれている未来が待っています。
この方法を用いると、油脂を多く含むミドリムシの変異株を効率的に選び出すことが可能になります。
具体的には、上の図に示すとおり、まず野生株のミドリムシ細胞に重イオンビームを照射し、様々な変異を持つ細胞集団を作ります。
次に、Bodipyという試薬を使って油脂を蛍光で染色し、油脂を多く含む細胞をセルソーターという装置で選び出します。
この処理を繰り返すことで、ミドリムシ変異体株の油脂含有量を増やしていきます。
この処理(高速選抜技術と呼ぶ)は、好気状態(酸素が十分にある状態)、低酸素状態の各条件下で3回繰り返され、ミドリムシの油脂含有状態の変化が確認されています。
最終的には、各条件下において野生株に比べ油脂含有量が40%増えた変異体が得られ、重イオンビームおよび高速選抜技術を用いた品種改良法が可能であることが示されています。
当然、低酸素状態のケースではワックスエステル発酵回路が活性化したため、油脂成分(ワックスエステル)は好気状態に比べ野生株、変異体株双方で大きく上回っています。
また、今回の研究では、高速誘導ラマン散乱顕微鏡という技術を使って、生きたミドリムシの細胞の中にある特定の化合物を高速かつラベルフリー(染色無し)で観察しています。
これにより、窒素不足や酸素不足のストレス環境でパラミロンや油脂がどのように変化するかを細胞レベルで調べることが可能になります。
これらの技術を使うことで、より多くの油脂を蓄えるミドリムシの細胞や、その成長に最適な環境を探し出せるようになり、品種改良の研究の助けとなることが期待されています。
ミドリムシの生産性ですが、陸上でも水中でも培養が可能で、栄養素や光の条件に合わせて成長するため、比較的環境に依存しない培養ができます。
これにより、広範囲な地域での生産が可能になり、安定したバイオ燃料の供給源として期待されています。
但し、当然いいことばかりではありません。
やはり製造コストは他のバイオ燃料と同様に軽油と比べても高く、合理的な大規模生産に移行することで採算ベースに乗せる必要があります。
今後は、細胞内の油脂生成機能の向上に向けた品種改良や培養技術の開発に期待したいところです。
低酸素や低窒素のストレス環境下でも、自己防衛のために一生懸命に油脂を作ろうとするミドリムシ、どこか健気(けなげ)に見えてこないでしょうか。
参考文献
科学技術振興機構公式Webサイト
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160523/index.html
元論文
スーパー微細藻類バイオ燃料の創出に向けた基盤技術
https://doi.org/10.2142/biophys.57.235
ライター
鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。