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意識がある、あるいは意識がないとは、どういうことなのでしょうか?
「我思う、ゆえに我あり」との言葉を残したデカルトは、自分を含めた世界の全てが虚構であっても、そう疑っている今現在の「この意識」は本物であると述べています。
意識の証明は他の誰からもできなくても、自分自身が証明してくれるとする心強い言葉だと言えるでしょう。
この言葉をより簡易で、より意識にフォーカスして書き直すならば
「意識はある、だって私が意識を感じるから」
となるでしょう。
しかし、意識を脳科学的に解明する試みは難航していました。
古典的な理解では、脳内に生じる特定の電気信号のパターンが意識の本質であるとされています。
そのためこのパターンさえ解明できれば、電気信号から意識のパターンをエンコードし、脳を模倣するAIのニューラルネットでも意識を再現できると考えられています。
実際、これまでの研究によって、痛み、苦しみ、恐怖、嫌悪、そして快楽などを表現する電気信号のパターン、つまり感情のコードが解明されています。
またこの信号を人工的に生成し、マウスの脳に流し込むことで、強制的にマウスに特定の感情を引き起こせることにも成功しました。
しかし感情のコード化は実現しても、現在に至るまで意識のコード化はできていません。
失敗の原因として、意識を示す電気信号が現在のコンピューターでは探し出せないほど複雑である可能性も考えられます。
そのため最終的な解決手段として、人間や動物の全ての脳細胞や神経接続、そして全ての電気活動を完全に再現する「全脳シミュレーション」が提案されています。
古典的な理解では、完璧な全脳シミュレーションを構築できれば、現実の脳と同じように機能し、意識のありかを突き止められるはずだからです。
一方、量子意識理論では、単なるネットワークからは、たとえそれがどんなに完璧なものであっても、意識は出現しないと考えています。
量子意識理論では、詳細なネットワーク構築の重要性は認めているものの、それに加えて意識を発生させるには量子現象を追加で考慮しなければならないと考えてるからです。
古典的ネットワークで「点」として表現される部分は現実にはニューロンと呼ばれる細胞であり、意識を理解するにあたりニューロン内部で起きている量子生物学的な現象を無視できないからです。
量子生物学は細胞内部で起こる量子現象を理解する分野であり、近年大きな成果を上げています。
たとえば量子生物学により、葉緑体が量子的重ね合わせを使って光合成を効率化していることが明らかにされています。
光合成の過程に量子的重ね合わせを導入することで、エネルギーが複数の回路を同時に通過して同時に反応を回すことで、効率的に栄養成分を生成することが可能になります。
また細胞で行われる酵素反応などでは、量子トンネル効果によって粒子がエネルギー障壁を飛び越え、化学反応のコストを節約していると考えられています。
ミトコンドリアによるエネルギー生産でも、量子トンネル効果が使われていると考えている研究者たちもいます。
さらに動物の嗅覚の仕組みも量子現象が組み込まれており、匂い分子が受容体に結合したとき、分子の振動エネルギーが電子を量子トンネル効果で受容体間に移動させることで、特定の匂いを認識するという仮説が提唱されています。
量子意識理論はその名前から嫌煙する人もいますが、要はさまざまな細胞で起きている量子現象が脳細胞でも起きている可能性、そしてその量子現象が意識の形成にも影響している可能性について考えるものと言えます。
では、具体的にニューロンのどの場所で意識に関わる量子現象が起きているのでしょうか?
ニューロンのどこで量子現象が起きているのか?
量子意識理論では伝統的に、その場所が微小管であると考えられています。
微小管とは細胞の内部に張り巡らされている細い繊維であり、細胞の骨格として、細胞の形を保つ手助けを行っています。
また細胞分裂時には、複製したDNAの塊である染色体を、それぞれの娘細胞の元に引っ張っていくなど動的な役割を果たしています。
量子意識理論では、この微小管内部で量子的重ね合わせが発生する場であると共に、量子的重ね合わせが崩壊しないように保護する保護機構としても機能すると考えられています。
量子意識理論では、この微小管が量子的な情報処理機構として機能し、意識は量子状態が崩壊する瞬間に生成されるとしています。
量子コンピューターが量子的状態を維持し、それが崩壊するときに答えを算出するように、意識も量子状態の発生と崩壊によって出現するのです。
この考えは量子意識理論の中でも有名な一節であり、神経科学者のスチュアート・ハメロフとノーベル物理学賞受賞者であるロジャー・ペンローズによって提案されたもので、意識が単なる神経回路の活動ではなく、量子現象に依存しているという考えを持っています。
そこで新たな研究でウェルズリー大学の研究者たちは「意識が微小管によって作られるならば、微小管の保護を厚くしてやれば麻酔薬への抵抗性が増すのでは?」と考え、以下のような実験を行いました。
調査にあたっては実験用のラットが用意され、微小管を安定化させる作用が知られているエポチロンB(epoB)が投与されました。
これまでの研究により、タキサン化学療法など微小管を安定させる作用がある薬を投与された患者では麻酔の有効性が低下することが知られていたからです。
また麻酔薬には揮発性麻酔薬の一種である4%イソフルランが使用され、ラットが意識を喪失するまでの時間が計測されました。
もし微小管が意識の発生や維持に重要な役割をしているならば、微小管安定化薬を加えることで、麻酔の効果に抵抗できるはずです。
すると、エポチロンBを与えられたラットでは、そうでないラットに比べて、麻酔によって意識を失うまでの時間が平均して69秒長くかかることが判明。
これは統計的にも有意な値でした。
この結果は、微小管の安定化が意識の維持において重要であることを示しています。
同様の結果はオタマジャクシを用いたケースでもみられており、微小管安定化薬の投与によって全身麻酔に抵抗する効果を得られたことが示されました。
さらに別のシミュレーション研究では、微小管を構成するタンパク質(チューブリン二量体)に8種類の麻酔薬と麻酔薬ではない薬が結合したときの分子挙動が計算され、麻酔薬が結合したときにのみ、微小管タンパク質サブユニットの高周波振動が破壊されたことが示されました。
研究者たちは「結果は麻酔薬が微小管に結合することで脳の活動が低下し、意識喪失を引き起こすことを示しており、量子意識理論を支持するものである」また「心が量子現象であると認められるようになれば、私たちは自分自身についての理解において新しい時代に入ることになる」と述べました。
もしかしたら「我思う時に我あり」であるのは、我を思って内面を観測した時にだけ、量子効果によって、意識が発生するからかもしれません。
また研究者たちはプレスリリースの最後に「意識の量子的な理解はより自然で総合的な方法で宇宙とつながることができる世界観を私たちに与えてくれる」と述べました。
ややスピリチュアルな雰囲気を感じさせる言葉ですが、量子意識理論が実証されれば、古典的な意識の概念に縛られている私たちを、より科学的に正しい認識へと導いてくれるのは間違いないでしょう。
参考文献
Wellesley team’s new research on anesthesia unlocks important clues about the nature of consciousness
https://www.wellesley.edu/news/wellesley-teams-new-research-on-anesthesia-unlocks-important-clues-about-the-nature-of-consciousness
元論文
Microtubule-Stabilizer Epothilone B Delays Anesthetic-Induced Unconsciousness in Rats
https://doi.org/10.1523/ENEURO.0291-24.2024
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部