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モルヒネには痛みを緩和しながら快感や高揚感を高める作用があり、1805年には鎮静催眠薬として精神医学にも導入されました。
モルヒネは一般的な鎮痛薬が効きにくい内臓の痛みをはじめ、がんによる疼痛(とうつう)や手術中・手術後の痛みに非常に有効です。
またモルヒネには投与量を増やすほど鎮痛作用が高まることも知られています。
その一方で、モルヒネは強い中毒性があり、適切な使用量を守らなければ、麻薬中毒と同じ依存症に陥る危険性があります。
それに加えて、吐き気や嘔吐、血圧の低下、便秘、眠気、呼吸の乱れといった副作用も起こりかねません。
皮肉なことに、発見者のゼルチュルナーもうつ症状を発症した際にモルヒネを多用したせいで、中毒症状に苦しんだと伝えられています。
歴史的には、アメリカ南北戦争で負傷兵にモルヒネが広く使用され、40万人を超えるモルヒネ依存症患者が出ました。
このように、モルヒネにはプラスの面とマイナスの面が表裏一体となっており、医療目的の使用にも十分な注意が必要です。
しかし意外なことに、モルヒネの安全な使い方を確立する上で誰もが必須と思うであろう「鎮痛作用が起こる神経メカニズム」は、今日に至るまで解明されていなかったのです。
そこでカロリンスカ研究所のチームは、モルヒネが痛みを消す神経学的な仕組みの解明を試みました。
チームは実験動物であるマウスにモルヒネを投与し、鎮痛作用が発生している際の脳活動を調べました。
その結果、脳内の「吻側延髄腹内側部(ふんそくえんずいふくないそくぶ:RVM)」と呼ばれる特定のニューロン群が活性化していることを発見したのです。
チームはこのニューロン群について、それぞれが調和するように活性化して鎮痛作用を引き起こしていたことから「モルヒネ・アンサンブル(morphine ensemble)」と名づけています。
そして追加実験で、モルヒネ・アンサンブルを人為的に不活性化したところ、モルヒネを打っているのにマウスの鎮痛作用が完全に消失することがわかりました。
ところが逆に、モルヒネ・アンサンブルの活性化を人為的に促した結果、実際にモルヒネを投与しなくても、同じ鎮痛作用が再現されたことが確認できたのです。
まさにモルヒネ・アンサンブルは活性化の有無に応じて、鎮痛作用をONかOFFにするスイッチのように働いていました。
この結果はモルヒネの鎮痛作用を安全に得る方法を確立する上で、非常に貴重な情報となるでしょう。
人為的な方法で鎮痛作用を再現できるのであれば、実際にモルヒネを投与せず、中毒症状や副作用も伴わない治療が可能になるかもしれません。
その一方で、今回の研究結果はまだマウスでのみ得られたものであり、同じ神経メカニズムがヒトでも再現できるかどうかは不明です。
それにはヒトを対象とした更なる研究が必要となるでしょう。
その前にチームは次のステップとして、本研究の成果を土台に、モルヒネの長期的な使用により鎮痛作用が徐々に弱まっていく理由を解明する予定とのことです。
モルヒネの発見から200年以上が経ち、ようやく鎮痛作用の発生に関わる脳領域が特定できました。
この知見を発展させることで、モルヒネのマイナス面を除去した革新的な治療法の発明が期待されます。
参考文献
Mechanisms of how morphine relieves pain mapped out
https://news.ki.se/mechanisms-of-how-morphine-relieves-pain-mapped-out
元論文
Morphine-responsive neurons that regulate mechanical antinociception
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado6593
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部