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アニメやマンガでみられる呪文詠唱のシーンは、非常に心が躍ります。
ですがなにより人々の心を引き付けるのは、その言葉の格好良さです。
たとえば往年の人気アニメ「スレイヤーズ」では以下のような詠唱が行われます。
黄昏よりも暗きもの、血の流れより紅きもの、
時の流れに埋もれし偉大なる汝の名において、
我今ここに闇に誓わん、
我等の前に立ち塞がりし全ての愚かなるものに我と汝の力もて、
等しく滅びを与えんことを。
ドラグスレイブ!
また近年の人気作品「この素晴らしい世界に祝福を!」に登場する爆裂魔法では
黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。
覚醒のとき来たれり。
無謬の境界に落ちし理。
無行の歪みとなりて現出せよ!
踊れ踊れ踊れ、
我が力の奔流に望むは崩壊なり。
並ぶ者なき崩壊なり。
万象等しく灰塵に帰し、
深淵より来たれ!
これが人類最大の威力の攻撃手段、
これこそが究極の攻撃魔法、
エクスプロージョン!
となっています。
他にもさまざまな詠唱シーンが存在しますが、どれも非常に魅力的な台詞と言えるでしょう。
子供時代に登場人物たちが口にする詠唱文を覚えようと必死になった人もいるのではないでしょうか?
しかしここで素朴な疑問が浮かびます。
なぜ詠唱呪文の文面は、こうも難解なのでしょうか?
もちろん「そのほうが面白いから」というのが正解ですが、ではなぜ、そもそも面白く感じるのでしょうか?
答えの1つとして「詠唱文が難解であればあるほど、これから発動される魔法や呪術が強大な力を持つことを期待させるから」というものが上げられるでしょう。
つまり文章の解りやすさを犠牲にすることで、文章に箔付けを行っているわけです。
私たちは学校でも仕事場でも「解りやすい文章を書きなさい」と教育されてきましたが、呪文詠唱においては、その常識が逆行を起こしていたのです。
さてここからが本題です。
現実の世界において呪文詠唱を行うシーンはあまりありませんが、呪文詠唱と同じくらい難解な文章は数多く存在します。
その1つは法律文章です。
これまでの研究により、法律文章の難しさは数多くの専門用語が含まれるだけでなく、文章の中に文章を入れ込む、複雑な構造も原因であることが指摘されています。
専門用語の多用については、正確性のために仕方がない部分もあります。
たとえば過去の研究では、専門用語を平易な単語に書き換えた場合、正確さが維持される場合もあるものの、誤解されるリスクが増える可能性が指摘されています。
しかし文章の構造的な複雑さに関しては、分割して読みやすくしても問題ありません。
特に法律では、用語の定義や前提についての説明を文書の中央に埋め込む形式が横行していますが、これらについては新たな1文を用意した方がずっとわかりやすいはずです。
たとえばマサチューセッツ州の飲酒運転に関する法律では
公衆が立ち入る権利を有する方法または場所、または公衆の構成員が招待者または許可者として立ち入る方法または場所において、重量による血中アルコール濃度が8分の1以上の状態で、または第94章Cの第1項に定義される酔わせる酒、マリファナ、麻薬、鎮静剤、または興奮剤の影響下にある状態で、または第270章第18項に定義される有毒な蒸気を放出する性質を持つ物質の煙を嗅いだり吸入したりした影響下にある状態で自動車を運転した者は、500ドル以上5,000ドル以下の罰金、または2年6ヶ月以下の懲役、または罰金と懲役の両方に処せられる。
となっています。
おそらく多くの人は、挿入されている文章の多さから意味が混乱し、読むのを辞めてしまったのではないでしょうか?
以前に行われた研究では、このような構造的な難しさは、一般人だけでなく弁護士たちにとっても理解度を下げる要因になっていると報告されています。
また契約書などで構造的に複雑な文章が多用されている場合、書かれている意味が同じでも、契約の成功率が下がることが示されています。
構造的に複雑な文章は正確さの維持にも役立たず、実用面でも問題があると言えるでしょう。
にもかかわらず、世界各国の法律文章や契約書はかたくなに構造的に複雑な文章を維持し続けています。
いったいなぜなのでしょうか?
そこで今回シカゴ大学の研究者たちは、法律文章が複雑である理由について、改めて調査を行うことにしました。
以下は実験方法についての説明になります。
調査にあたっては約200人の一般人(非弁護士)が集められ、2種類の文章を書くように依頼されました。
1つ目の文章は飲酒運転、窃盗、放火、麻薬密売などの犯罪を禁止する法律を書くよう指示されました。
2つ目の課題では、それらの犯罪に関する物語を書くよう指示されました。
また被験者たちには、文章を一度書き上げた後に、推敲を行う機会も与えられました。
すると一般人たちが作成した法律文でも、本物の法律のように、文書の中に文章を埋め込む、構造的に複雑な文章が多用されていることが判明しました。
一方、物語文では埋め込み式の複雑な文章は全くみられず、全体的に平易な言葉で書かれていることがわかりました。
また次の実験では80人の被験者たちに、法律文章とその法律を他国からの旅行者に説明するための文章を書くように依頼しました。
たとえば路上にガムを吐き捨てるのを禁止する法律とその説明文といった感じです。
しかしこの場合でも、参加者は法律文では埋め込み式の複雑な文章を使用した一方で、説明文では使用しなかったことが明らかになりました。
これらの結果から研究者たちは、法律文が難解な理由は本質的に呪文の詠唱と同じく文章に箔をつけるためであると結論しました。
この説は学術的には「魔法の呪文仮説(magic spell hypothesis)」と呼ばれています。
魔法の呪文が日常言語とは異なる独特のスタイルで書かれているのと同じように、法律文章の複雑な構造は解りやすさを犠牲にして、特別な種類の権威を示していたわけです。
法律に権威が必要なのは確かです。
しかし権威をあらわす方法に、難解さは相応しくありません。
研究者たちは今回の発見が、法律文章をわかりやすくする努力を促すきっかけになることを期待していると述べています。
また今後は、法律文章の難解さの起源についても調査していくとのこと。
たとえば紀元前1750年頃に書かれた最古の法律集「ハンムラビ法典」にも、構造的な複雑さがみられるか?
みられるとしたらその頻度は現在と比較してどうなのか?
あるいは、国の政体(王政や共和制)と法律文章の難しさに関連性があるのか?
もしこれらの疑問に答えることができれば、なぜ法律が難解になったかをより深く理解できるようになるでしょう。
参考文献
MIT study explains why laws are written in an incomprehensible style
https://news.mit.edu/2024/mit-study-explains-laws-incomprehensible-writing-style-0819
元論文
Even laypeople use legalese
https://doi.org/10.1073/pnas.2405564121
ライター
ナゾロジー 編集部
編集者
ナゾロジー 編集部