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一方で、哺乳類や鳥類に対する毒性は低く、私たち人間にとって比較的安全であることから、昔から殺虫剤として採用されてきました。
日本では、ゴキブリ用の殺虫剤以外にも、蚊取り線香などでピレスロイドが使用されています。
ちなみに、ゴキブリ用の殺虫剤にはいくつかのタイプが存在しており、ゴキブリの体に直接噴霧するものや、ゴキブリの通り道である床や壁に塗布するもの、エサに毒を混ぜ込んだものなどがあります。
成分としては同じピレスロイドが使用されているものの、製品によって様々な手法があるのです。
実際、日本では、ほとんどの人が、ゴキブリに直接吹き付けるタイプの殺虫剤を使用しているかもしれません。
しかし、逃げるゴキブリを狙ってスプレーしたり、ゴキブリが出た瞬間に対応したりすることは簡単ではありません。
そこで、床や壁など、ゴキブリの通り道に塗布するタイプのスプレーも登場するようになりました。
あらかじめ殺虫剤を塗布しておけば、そこを通ったゴキブリを駆除したり、寄せ付けないようにしたりできるというものです。
しかし、1990年ごろからピレスロイドに耐性を持つゴキブリが増え始め、これらピレスロイド系の殺虫剤に対する信頼性が揺らいできました。
ただでさえ、「壁・床」タイプの殺虫剤は、直接スプレーするタイプの殺虫剤に比べて効果が薄いように感じられるため、現在でも本当に効果があるのかと疑問に感じる人は少なくないでしょう。
そこで今回、ゴードン氏ら研究チームは、世界共通の室内害虫として知られる「チャバネゴキブリ(学名:Blattella germanica)」を対象に、ピレスロイド系殺虫剤の効果を試すことにしました。
実験ではアメリカで一般消費者向けに販売されているピレスロイド系の殺虫剤4種が用いられました。
そして、それらの製品をチャバネゴキブリの体に直接塗布したり、彼らの通り道(壁や床)に塗布したりして、その効果を確かめました。
その結果、ほとんどの製品では、ゴキブリの体に直接塗布する方法で、良好な結果を示しました。
つまり、直接ゴキブリにスプレーするタイプの殺虫剤であれば、基本的にゴキブリを退治できると分かります。
一方で、ゴキブリの通り道に塗布する方法では、良好な効果は得られませんでした。
例えば、殺虫剤をスプレーした表面(床)に30分間さらされたチャバネゴキブリは、そのうちの20%未満しか死に至りませんでした。
またその環境に閉じ込め続け、死ぬまでにどれくらいの時間がかかるか調べた実験では、多くの製品で、ゴキブリが死ぬまで8~24時間かかりました。
中には、ゴキブリが死ぬまで5日間以上かかる製品もあったようです。
当然ながら、実際の状況では、ピレスロイド系の殺虫剤が塗布された床にゴキブリが何時間もとどまることなどありえません。
つまり、床や壁に塗布するタイプの殺虫剤では、ほとんどのチャバネゴキブリを殺すことができないと考えた方が良いでしょう。
また今回の研究では、床の種類によっても殺虫剤の効果が異なることが分かっており、建築材料として一般的な「石膏ボード」では、セラミックタイルやステンレス鋼に比べて、殺虫剤の効果がかなり落ちると判明しました。
では、どうしてこれらピレスロイド系の殺虫剤で、ゴキブリへの効果が薄まっているのでしょうか。
チャバネゴキブリがピレスロイドへの耐性を強めてきた理由は、繁殖力の高さや世代交代の早さにあると考えられます。
ピレスロイドは昔からゴキブリたちに対して高い効果を発揮してきました。
しかし、それらゴキブリの中には、少数ながらピレスロイドに抵抗力をもつ個体も存在していました。
ピレスロイドは殺虫剤として普及したため、様々な地域でピレスロイドが使用され、これにより、抵抗力が強い個体のみが生き残れる環境が作り出されます。
これはゴキブリたちにとっては過酷な状況でしたが、持ち前の繁殖力の高さ(1匹から数百匹産まれる)により、抵抗力が強い個体が繁殖し数を増やすことができました。
さらにゴキブリの世代交代(各個体の寿命は数カ月)により、「ピレスロイドに強い個体が生き残り、弱い個体は淘汰される」というサイクルが短い期間で何度も繰り返され、ゴキブリの種としてのピレスロイド耐性強化が急速に進んだのです。
結果として、チャバネゴキブリの通り道にピレスロイドを塗布するという弱い方法では、あまり効果が得られなくなりました。
実験では、ゴキブリの体に直接塗布する方法が有効だと判明しているので、直接噴霧して駆除する場合は、まだこの薬剤の有効性が失われているわけではないようです。
しかしゴキブリたちの耐性獲得が早いため、これまで想定されていた使用方法の一部(壁や床への塗布)については、ほぼ効果が得られないという状況になってしまっているです。
殺虫剤については、もともと噴霧した薬剤が床や壁に残留することを汚れとして嫌う人も多いため、こうしたタイプはもはや時代遅れなのでしょう。
最近は、ゴキブリを冷却して殺すタイプなど新しい殺虫剤も登場しているため、今後はこうした商品を利用するのが合理的かもしれません。
今回の研究は床に塗布する薬剤の効果でしたが、こうした罠タイプの殺虫剤に対してはゴキブリが耐性獲得しやすいのだとすると、地道に見つけたら一匹ずつ殺すという戦いはなくならないのかもしれません。
参考文献
Consumer-grade insecticide sprays fail to control cockroaches, study shows
https://www.eurekalert.org/news-releases/1053663
Your insecticide doesn’t do squat against cockroaches
https://www.zmescience.com/science/news-science/cockroach-resilient/
元論文
Common consumer residual insecticides lack efficacy against insecticide-susceptible and resistant populations of the German cockroach (Blattodea: Ectobiidae)
https://doi.org/10.1093/jee/toae158
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部