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私たちにとって身近な水は、多くの不思議な性質を持っています。
そのうちの1つが摩擦や接着にかんするものです。
スーパーのレジ袋や新聞紙のページを扱うときに、舐めるなどして指の先に少量の水分をつけると、指と対象の間の摩擦力や接着力が増して上手く開くことができるようになります。
一方で、雨の日には水が摩擦力や接着力を減らし、車のタイヤを滑りやすくしてしまいます。
このように同じ水でも、条件次第でまったく逆の効果をもたらすことがあります。
材料工学においても摩擦や接着における水の2面性は古くから注目を集めていました。
現代においてはこの問題は解明が進んでおり、主に水の量が重要であることがわかっています。
たとえば指を舐めると少量の水が指表面のデコボコを埋め、レジ袋や新聞紙との接着面積を増やし、それが摩擦力を増してくれることがわかっています。
一方、雨の日のように大量の水があるときには、タイヤと道路の間に大きな水の層が形成されてしまい、タイヤと道路の接触を妨害する潤滑材になってしまうため、滑りやすさが増すとされています。
同様にお風呂の中で絆創膏を張ろうとして失敗してしまうのも、大量の水が皮膚と絆創膏の間に層を作ってしまうからです。
しかしこの理論で説明できる範囲は限られています。
自然界の中では濡れた壁を駆け上るヤモリや海中の岩に張り付くムール貝など比較的多くの水が存在する状況で強い接着力を持つ生物の例が存在します。
また近年開発された手術用接着剤は、大量の血が流れ出ている場所でも血管の穴を素早く塞げることが示されました。
つまり、周りに大量の水があり、物体の間に水の層が形成されやすい状況でも、接着が上手くいくことがあるのです。
実際、これまで構築されてきた摩擦や接着に関する理論も、水がない乾燥した状況では上手く機能するものの、水がある状況では成り立たないことが知られています。
特に水を挟んで向かい合っている2つの表面を分離するときの力については、理論と現実の不一致が大きくなります。
物を濡らすと接着力が増すという現象は誰もが経験したことがあるのに、その詳しい仕組みは謎に包まれていたわけです。
もしこの問題を解き明かすことができれば「雨の日のタイヤと道路」や「濡らした指とレジ袋」など、水を介して接触するあらゆる物体への理解が大きく変わることになるでしょう。
そこで今回アクロン大学の研究者たちは、水があるときに物体の間で何が起きているかを改めて調べることにしました。
水が挟まっていると、物体の接着力はどのように変化するのか?
謎を解明すべく研究者たちは、ゴムのような柔軟な物質(PDMS:ポリジメチルシロキサン)と粗い表面を持つダイヤモンドを用意し、間に水を入れた時の接着力を測定しました。
既存の見解では「水が多いと接着が妨げられる」というものです。
たとえば、もし接着面の50%が水で覆われている場合、水は物体の接着力を大幅に損なうと予測されました。
しかし実験結果は意外なものになりました。
接着面の50%が水で覆われている場合、物体の接近時に発生する接着力は確かに低下しました。
水が存在することでダイヤモンドとゴムが接着状態になるのに余計な力がかかってしまったからです。
しかし接着後に引きはがすのに必要な力を測定したところ、予想よりも4倍強い力が必要であることが判明しました。
研究者たちは、粗いダイヤモンド表面とゴムのような柔軟な物質が水を介して接触すると、両方の間にナノメートルサイズの超小型の水の閉じ込めが起こることが原因であると述べています。
この現象を理解するには、プラスチック製の注射器の中に水を入れて押したり引っ張ったりする場合を考えるといいでしょう。
注射器の中に空気が入っていると容易に押したり引っ張ったりができます。
しかし水が入っている場合、どんなに力を込めて押したり引いたりしても微動だにしません。
今回の実験でもダイヤモンドと柔軟な物質が接触したことで水で満たされた大量のナノポケットが出現し、それが水で満たされた注射器のように、引きはがす力に強力に抵抗したと考えられます。
このような引きはがしへの強い抵抗力増加は、乾燥した状態では起こりません。
研究者たちは濡れた壁を駆け上るヤモリや海中のムール貝たちも同じような仕組みで接着を維持している可能性があると述べています。
また今回の研究によって、乾燥した状態で考えられる摩擦や接着力の理論では、水がある状態を上手く予測できないことが示されました。
そのため「水はタイヤを滑らせるのに、なぜ指に水を付けると滑りにくくなるのか?」という疑問も水の層の厚さ以外に、(より正確には)水を含んだナノポケットの存在も関与していると言えるでしょう。
研究者たちは今回の研究成果を応用することで、水中でも機能する多様な接着剤を開発する助けになると述べています。
もしかしたら未来の絆創膏は、お風呂に入っている状態でも、水のナノポケットを利用して皮膚にしっかり張り付くようになっているかもしれません。
参考文献
Water Does Not Always Make Surfaces Slippy, Study Suggests
https://www.technologynetworks.com/tn/news/water-does-not-always-make-surfaces-slippy-study-suggests-389675
元論文
Small-scale roughness entraps water and controls underwater adhesion
https://doi.org/10.1126/sciadv.adn8343
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部