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フォーラーネグレリアに感染すると「原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)」を発症します。
これは中枢神経系が冒されることで、嗅覚や味覚に変化が起こり、次第に発熱や頭痛、嘔吐、光過敏症といった一連の症状を引き起こす危険な病気です。
PAMの病状の進行はきわめて早く、感染者のほとんどは症状が出始めてから平均5日後には昏睡状態に陥ります。
その後、フォーラーネグレリアは脳組織の大部分を破壊し、ほぼ100%の確率で感染者を死に追いやるのです。
脳組織の破壊の一部はフォーラーネグレリア自身によって行われるため、”脳食いアメーバ”と表現されますが、大部分は侵入者であるアメーバに対する体の攻撃的な免疫反応によって引き起こされます。
CDCの調べによると、アメリカ国内では1962年〜2022年の間にフォーラーネグレリアの感染例が157件確認されており、そのうち生き残ったのはわずかに4人だけだったという。
世界の他の地域でもこの数字は似たようなもので、フォーラーネグレリアに感染して生存できるケースは非常に稀です。
日本国内では1996年11月に一度、佐賀県在住の25歳女性がフォーラーネグレリアに感染し、死亡した事例が報告されています。
女性は症状の発症から7日目に意識が混濁し、9日目に亡くなりました。
感染経路は不明で、過去1カ月の行動履歴をさかのぼってみても、野外や温水プールでの水浴、温泉入浴、海外渡航歴もなかったという。
また死亡後の病理解剖では、脳は「半球の形状を保てない程軟化していた」といいます。
さて、サンアントニオの少年の診察を担当したデニス・コンラッド(Dennis Conrad)医師は、PAMの感染者を診るのが今回で3件目でした。(前回の2例はいずれも死亡している)
少年はコンラッド医師の元に到着するまでに、すでにPAMの発症から5日目を迎えていました。
最初に話したように、その時点で少年は意識もなく、かなり危ない状態をさまよっていたといいます。
コンラッド医師らは何とかして少年の命を救うため、当時注目され始めていた「ミルテホシン(miltefosine)」という治療薬を使うことにしました。
ミルテホシンは元々、熱帯の寄生虫によって引き起こされる病気(リーシュマニア症)の治療に使われてきた抗菌薬です。
しかし研究で、ミルテホシンがフォーラーネグレリアに有効であることが示されたため、PAMの治療薬として使われるようになりました。
そしてミルテホシンを投与した結果、少年は最悪の危機を脱することに成功したのです。
ただ何とか一命は取り留めたものの、少年はまったくの無傷ではいられませんでした。
退院後、自力で呼吸ができるまでに回復していますが、それ以外のことはほとんど何もできなくなったといいます。
数カ月のリハビリの後に一部の運動能力が回復しましたが、家族のサポートがなければ日常生活が難しい状態が続いています。
それでもミルテホシンにPAM患者の命を救う効果があることを確認できたのは大きな成果でした。
少年がPAMに感染したのと同じ年、米アーカンソー州で13歳の少女がフォーラーネグレリアに感染したのですが、彼女もミルテホシンの投与で回復しています。
しかも少女の場合は半年間のリハビリの後、身体機能の大部分が回復しました。
加えて、2016年にも米フロリダ州の16歳の少年がPAMに感染し、ミルテホシンの投与で一命を取り留めています。
致死率ほぼ100%のPAMで、これだけの命を救っているミルテホシンにはやはり大きな効果があると言えるでしょう。
しかし一方で、医師たちは「ミルテホシンには腎臓および肝臓の機能に有害な副作用を及ぼす可能性が高く、安全面に懸念すべき点がある」と話します。
そこで医師たちは、PAMに有効な新たな治療薬を探しています。
現在、有望株の一つとして注目されているのは「ニトロキソリン」という抗生物質であり、実験ではフォーラーネグレリアの細胞死を誘発しながら、ヒト細胞には有害な毒性を示さないことが確かめられています。
ただ現段階では実際のPAM患者に有効であるかどうかはわかっておらず、他の化学物質も含めた新薬の登場が待たれています。
フォーラーネグレリアの感染は特に暑い夏の時期ほどリスクが高くなるといわれています。
日本国内では感染例がほとんどないとはいえ、ぬるい水場に近づくのには注意しましょう。
参考文献
‘Brain-eating’amoebas kill nearly 100% of victims. Could new treatments change that?
https://www.livescience.com/health/viruses-infections-disease/brain-eating-amoebas-kill-nearly-100-of-victims-could-new-treatments-change-that
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部