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しかし、どうして穴や斑点の集合体は私たちにとってこんなにも不気味に見えてしまうのでしょうか。
研究チームのガエタン・ティエボー(Gaëtan Thiebaut)氏らは、このトライポフォビアが人間の進化心理学と深い関わりを持っていると推測します。
進化心理学とは、現代の私たちに共通して見られる心理的反応が過去の進化的圧力によって形成されたことを提示する学問です。
こうした心理的反応は人類の進化にとって有利に働いたからこそ、子孫にも受け継がれていきます。
例えば、高いところが怖いとか、閉所が苦手という心理反応は、高所や閉所を避けることが生存に有利に働くことから人間に備わったと考えられるのです。
では、トライポフォビアを持つことはどんな役に立ったのでしょうか?
それを説明する仮説として、ティエボー氏らは2つの説を提示しました。
「危険動物仮説(dangerous animal hypothesis)」と「皮膚病回避仮説(skin disease-avoidance hypothesis)」です。
まずは1つ目の「危険動物仮説」です。
これは人々の生存を脅かす危険性のある動物を避けるためにトライポフォビアが形成されたとする仮説です。
例えば、ヘビの模様やクモの目の数、ヒョウモンダコやドクガエルに見られる斑点模様のように、毒を持つ生物はしばしば斑点の集合体のようなパターンを持っています。
もし何の嫌悪感もなく、これらの生物に近づいてしまうと、毒を食らってしまうリスクが相当あります。
しかしながらトライポフォビアを持っていれば、目や斑点の集合体を見るだけで嫌悪感を起こすので、自然と有毒生物から距離を置けるというわけです。
実際に、危険動物仮説を支持する証拠も見つかっています。
過去の研究で、有毒生物に見られる集合体模様を被験者に見てもらったところ、驚異を感じる視覚情報の処理にかかわる神経反応が増加したことが確認されたのです。
これは集合体への嫌悪感が私たちの神経回路に深く埋め込まれており、有毒生物の回避に役立っていることを示唆しています。
では、2つ目の「皮膚病回避仮説」はどうでしょうか?
こちらは皮膚の感染症を回避するためにトライポフォビアが形成されたとする仮説です。
皮膚疾患や寄生虫による感染症の多くは、皮膚表面に斑点や穴の集合体に似たパターンが症状として現れることが知られています。
もし他人の皮膚病変に対して何も思わなければ、平然と触ってしまって、同じ病気がうつってしまうリスクがあります。
しかしトライポフォビアを持っていれば、先ほどと同じように、そうした皮膚病との接触を回避できる可能性が高くなるのです。
この説を支持する研究も過去に報告されています。
それによると、皮膚病の視覚情報に関連する嫌悪感への感受性が高い被験者ほど、トライポフォビアの程度も高いことが示されているのです。
以上の考察からティエボー氏らは、人類が進化する中で「危険動物」と「皮膚病感染」の回避に役立ったことから、トライポフォビアが形成されたのではないかと提唱します。
トライポフォビアを自覚している人は世界にたくさんいる一方で、『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM‐5)のような診断マニュアルではまだ公式に認められていません。
しかしティエボー氏らは、重度のトライポフォビア患者に見られる心理的苦痛は「正当な精神疾患に値する」と考えています。
トライポフォビアが精神疾患に認定されるには、それを患うことで社会的、職業的な機能障害を引き起こすか、あるいは日常生活に支障をきたすほどの強烈な不快感が生じるかを確認する必要があるといいます。
ティエボー氏らは今後、トライポフォビアの臨床的な特徴をよりよく理解し、認知行動療法や薬物療法の開発を模索していきたいと考えています。
参考文献
Afraid of holes? Evolution may hold the answer to trypophobia
https://www.psypost.org/psychology-afraid-of-holes-evolution-may-hold-the-answer-to-trypophobia/#google_vignette
元論文
Why are we Afraid of Holes? A Brief Review of Trypophobia Through an Adaptationist Lens
https://doi.org/10.1007/s40806-024-00396-1
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部