適応力を与えてくれました。

イタリアのマルケ工科大学(UNIVPM)で行われた研究によって、極寒の海に住むミミズやゴカイの仲間(多毛類)たちが、共生細菌によって提供される不凍タンパク質のお陰で生きられている可能性が示されました。

南極海域には多くの生命が生息していますが、一部の生命は凍結に抵抗するための不凍タンパク質の遺伝子をもっていないにもかかわらず、平気で過ごしており、大きな疑問となっていました。

自分で作れないなら作れる存在を取り込むのは合理的な進化と言えます。

研究内容の詳細は2024年6月21日に『Science Advances』にて公開されました。

目次

  • 共生細菌は極限環境への適応力も与えてくれる
  • 共生細菌は宿主に耐寒性を与えていた

共生細菌は極限環境への適応力も与えてくれる

私たちの体内には、数え切れないほどの微生物が住んでいます。

これらの微生物の集合体を「微生物叢」と呼びます。

近年の研究によって、この微生物叢が私たちを含む多くの動物の健康に欠かせない役割を果たしていることが明らかになってきました。

例えば、微生物叢は免疫システムの調節に重要な役割を果たしており、腸内細菌のバランスが崩れると、自己免疫疾患やアレルギーのリスクが高まることが示されています。

また、腸内の微生物は食物の消化を助け、栄養素の吸収を促進します。

馬のような草食動物が干し草と水だけで健康な体を維持できるのは、腸内細菌が草を分解してエネルギー源を供給するからです。

さらに最近の研究では、微生物叢と脳の間に密接な関係があることも明らかになりました。

腸内の微生物は神経伝達物質の生成を調節し、ストレスや不安、うつ病などの精神的健康にも関与しています。

この現象は「腸脳相関」と呼ばれ、腸内細菌のバランスが心の健康に大きな影響を与えることが示されています。

このように、微生物叢は動物の免疫、栄養、精神に不可欠な存在です。

共生細菌は免疫、栄養、精神などさまざまな影響を動物に与えています / Credit:Canva

しかし、さらに興味深いのは、この微生物叢が極限環境、特に極寒の海への適応力にも関与している可能性がある点です。

いくつかの研究では、特定の環境に特徴的な同じ微生物のセットが、異なる種でも共有されていることが報告されています。

これらの環境ごとの微生物セットは、宿主がその環境で生き抜くために不可欠な役割を果たしていると考えられています。

そこで新たな研究では、南極の極寒の海に生息する生命に焦点をあて、耐寒能力や耐凍結能力と微生物細菌叢の関係を探る試みが行われました。

共生細菌は宿主に耐寒性を与えていた

地球上にはさまざまな環境がありますが、南極海域は最も厳しい場所の1つとなっています。

南極周辺の海水温度はマイナス1.9℃にまで低下することが知られており、このような低温環境では細胞内の水が凍りついて生命活動の維持が不可能になっていまうことがあります。

また低温では細胞膜の流動性が低下したり、タンパク質の機能維持が難しくなることが知られています。

一方で南極周辺の海には多くの生物が存在しており、以前は、それらの生物たちは全て何らかの凍結防止システムを持っていると考えられていました。

たとえば以前に行われた研究では、アイスフィッシュと呼ばれる南極周辺の海に住む魚たちは、DNAの中に「不凍タンパク質」の設計図を持っていることがわかっています。

不凍タンパク質は氷結晶の成長を抑制することで凍結温度を低下させ、細胞の損傷を最低限に抑えます。

しかし近年の研究により、南極に生息する一部の生物のDNAには、不凍タンパク質の設計図が含まれていないことが明らかになりました。

調査した多毛類の写真:Leitoscoloplos geminus ( A )、Aphelochaeta palmeri ( B )、Aglaophamus trissophyllus ( C ) / Credit:EMANUELA BUSCHI et al . Resistance to freezing conditions of endemic Antarctic polychaetes is enhanced by cryoprotective proteins produced by their microbiome . Science Advances (2024)

そこで今回、マルケ工科大学の研究者たちは、南極周辺の海域に存在する生物がどうやって極寒の地で凍らず生きているかを調べることにしました。

調査にあたってはまず南極周辺の海底3カ所の海底堆積物をすくい上げ、生き物を探しました。

採取された場所の水温はいずれもマイナス1℃前後であり、低温に耐性がない生物は生き残れません。

すると3種類の多毛類(ミミズやゴカイ類の仲間)が生息していたことが判明。

このうち2種は死んだ生き物の残骸を食べる腐食性で、1種は捕食者であることもわかりました。

どうやら極寒の海底でも食うものと食われるものから成る生態系が築かれていたようです。

次に研究者たちは遺伝子分析を行い、誰がどのタンパク質を製造しているかが調べられました。

すると3種類の多毛類の他に複数の生命の遺伝子が含まれていることが判明。

それらの遺伝子が、多毛類の体内に生息する共生細菌のものであることがわかりました。

また特に多くみつかったのは、Meiothermus silvanusと2種類のAnoxybacillusであることが明らかになりました。

これまでの研究により、Meiothermus silvanusと AnoxybacillusのDNAには極寒の条件に適応するためのいくつかの遺伝子が含まれており、その中には不凍タンパク質があることが報告されています。

またMeiothermus silvanusからは寒冷環境でのタンパク質の機能維持に役立つタンパク質を生産しており、Anoxybacillusは細胞膜の流動性を調節するタンパク質や凝固点を下げる効果があるグリコールとプロリンなどを生成する酵素を作れることが知られています。

そのため研究者たちは「体内に生息する共生細菌が生産するタンパク質によって多毛類が寒さや凍結から身を守っている」と述べています。

宿主が生きていけるように仕向けることは、共生細菌にとってもメリットがあるため、この関係はWin-Winであると言えるからです。

今後、共生生物を含めた海洋生物の遺伝子分析が進めば、寒い地域に生息する多くの動物たちが共生生物と不凍タンパク質で結ばれていることがわかるかもしれません。

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参考文献

Bacteria found to produce proteins that act like antifreeze, helping marine worms survive in polar waters
https://phys.org/news/2024-06-bacteria-proteins-antifreeze-marine-worms.html

元論文

Resistance to freezing conditions of endemic Antarctic polychaetes is enhanced by cryoprotective proteins produced by their microbiome
https://doi.org/10.1126/sciadv.adk9117

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 南極のミミズは共生細菌が不凍タンパク質を生産するので凍らない