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こうすることで、通常ではまれにしか観察できない現象を効率的に捕捉し、短時間で本来は長期間かかる現象を観察することが可能になります。
これにより、科学者たちは新しい薬の効果を予測するなど、以前では不可能だった研究を行うことができるようになりました。
さらに今回の研究ではPaCS-MD法で得たデータをさらに詳しく分析するために、MSM法(マルコフ状態モデル)が用いられます。
この方法は、さまざまな分子の状態間での変化の確率を計算する技術です。
再びSFで例えるなら、複数のパラレルワールド(平行世界)から得られたデータを集めて、最も望ましい結果をまとめるようなものです。
MSM法によって、特定の分子の状態がどれだけ頻繁に現れるか、その状態がどのくらいのエネルギーを持つか、そして一つの状態から別の状態に変わるまでの時間がどれくらいかが計算できます。
これにより、短いシミュレーションからでも、実際には数秒から数時間かかるような現象の発生確率や所要時間を予測することが可能です。
この技術を利用することで、科学者たちは疑似的に時間と空間を超えて、実験室で起こり得る事象を高速にシミュレートし解析することができるのです。
具体的な例として、Gタンパク質共役型受容体(多くの医薬品の標的となる分子)から化合物が離れる過程を観察しました。
現実のこの過程は数分かかりますが、PaCS-MDを使用すると、わずか3ナノ秒(10億分の3秒)でシミュレーション上で化合物を解離させることができました。
これは現実の解離時間の約1000億分の1です。
もし通常のMDシミュレーションでこの解離を観察しようとすると、理論上1000億倍もの計算時間が必要となり、現実的ではありません。
また、このシミュレーションで計算された分子の結合の強さ(標準結合自由エネルギー)は、実際の実験結果とも良く一致しました。
これにより、PaCS-MD法の有効性が証明され、実際には時間がかかるプロセスを短時間でシミュレートし観察することが可能になったのです。
PaCS-Toolkitは、Python3でプログラムされ、誰でも使用や改良が可能です。このツールキットは、GNU General Public License v3 (GPLv3) のもとで公開されており、GitHubから無料でダウンロードできます。さらに、いくつかの実行例が含まれているため、それらの例を参考にすれば、PaCS-MDシミュレーションを手軽に始めることができます。
このツールキットを利用すれば、さまざまなコンピュータ環境に簡単にインストールし、PaCS-MDの実行もスムーズに行えます。これにより、生体分子がどのように働くかを理解する基礎研究や、新しい薬剤の設計や効果の予測などの応用研究が加速されることが期待されます。
参考文献
「並行世界でタイムリープを繰り返す」ことで効率的なシミュレーションを可能にするソフトウエアツールを開発・公開
https://www.titech.ac.jp/news/2024/069220
元論文
PaCS-Toolkit: Optimized Software Utilities for Parallel Cascade Selection Molecular Dynamics (PaCS-MD) Simulations and Subsequent Analyses
https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.4c01271
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部